某月某日 不特定多数の皆様、明けましておめでとうございます。今年もどうかよろしくお願い申し上げます。正月時期は苦手である。嫌いなわけではない。街には人が少ないし、静かでもある。ただ、独り住まいの身としては、多少食料獲得に困難を来す。別に特別健康に留意しているわけではないから、元旦からの三が日をしのぐことぐらい、今までのあれこれを考えれば、そう難しいいことではない。しかし内心どうもきにくわない。特別日本の習慣に楯突くつもりはないけれど、忘年会をやり、その年のことは水に流してしまって、新たに新年会などやっている。こういう国柄では、ナチのアイヒマンをイスラエルのモサドが長年彼を追いつめるというような心情は生まれない国なのではないかと思ってしまう。イスラエルに忘年会はあるまい。少なくともモサドのメンバーには。忘年会をやっても去年のツケは廻ってくるのである。いわんや国際情勢においておや。地球環境のことを考えても、その記事を新聞などで読みながらコーヒーなど飲んでいる僕自身も、相当のアチャラカ者である事には変わりないのだが。ええ、話題を変えまして、ウエブのスケジュールの更新ですが、1月第二週には更新しますので、しばらくお待ちください。 某月某日 地球温暖化だのなんだの言いつつも、毎朝けっこう寒い季節となった。僕の家は、けっこう密閉式なので、あまり暖房はいらないのだが、今年の夏の暑さと比べれば、やはり格段の差があるように思う。今、午前五時半で、また眠れなくなってしまった。冷蔵庫の残りの野菜でシチューを作ることとした。午前五時半に野菜を切っている自分が何だか滑稽である。やらなければならぬ仕事も山積しているが、とにかくシチュウーを料理することと決めた。今は、とろ火で煮込んでいる最中である。作り方は簡単、なんの肉でもいいから、塩こしょうをふってしばらく置いておく。その間に、冷蔵庫にある残りの野菜をテキトウに切って、まず肉を炒め、そこに野菜を入れて炒める。そうすると、野菜のうまみが出てくるようだ。特にこのシチューを料理することに関して、よくテレビで紹介されているような達人の技は必要ない。ただ、使う水はミネラルウオーターにした方が良いということだけが、コツといえばコツだ。後はじっくり煮込んで野菜不足を解消するのみである。ボストンに住んでいる頃、よくチャイナタウンに安いフライドライスなどを食べにいっていた。しかし、ある日気付いたのである。このチャイナタウンにあるたくさんのレストランは、どこから材料を仕入れているのかという疑問が浮かんだのだ。当時、僕よりボストンに長く住んでいる日本人の何人かから情報を得ることにした。その情報を総合すると、ボストンのあまり治安のよろしくない地域に、謎のマーケットがあり、そこがどうも、チャイナタウンの材料を一手に引き受けているということが分かった。こうなったら行ってみるしかない。車をもっている友達を誘い、早速その地域をうろうろと運転していたら、あったあった。たくさんの中国人が出入りしている大きな建物が。中に入ってみて驚いた。中華の食材のみならず、タイなどに輸出用の「出前一丁」のようなインスタントラーメンも売っている。値段は一個50セントほどだ。夜食にちょうど良いと買いまくった。肉類も豊富で、ボストンにある通常のマーケットより安かったような気がする。ただ、肉屋のオヤジは英語を話さなかったので、筆談で用を足した。肉売り場の床には、豚の生首が鮮血を流したまま放ってあったりして、少し閉口したが、ごぼう、白菜など、ボストンのマーケットでは手に入らない野菜が、信じられないぐらい安い値段で売られていた。また、調味料の種類の多さは、特筆もので、オイスターソースのみならず、エビのソース、なんだか分からないソース類がたくさん瓶詰めになって売っていた。それらの調味料も安かったので、がんがん買い込んだ。乾燥中華麺も至って安く、大量に買い込んだ。冷凍食品の中には、餃子が五十個ぐらい入ったものもあり、値段も安かったので、それも仕入れる。そうこうしているうちに、僕のアパートの台所のまわりには、中華料理に使う色々なソースや材料があふれかえった。中華料理のレシピの本など、当時は持ち合わせていなかったが、要するに、まず、ニンニクを細切れにして、豚肉やら鶏肉やらをごま油で炒める。そのあと、野菜を炒めてから、片栗粉を混ぜた水を適量たらせば、中華丼、焼きそばなど簡単に調理できた。わけの分からない調味料を使ううち、その味も覚え、料理の種類によって使い分けるところまで上達した。外で変なハンバーガ-や、スライス・オブ・ピザなど食べているより、自然と野菜が接種できる中華料理に比重が移り、毎晩中華料理ばかり食べていた。しかも自己流の。こうなってくると、調理器具も欲しくなり、ヘラや、かき混ぜる道具、色んな種類の中華鍋なども買い込んで、一事、何のためにボストンに留学しているのか分からなくなってしまった時期もあった。夏場はジャージャー?を良くつくった。自己流ながら、それなりの体裁と味をどんどん旨いものにして行くコツものみこめてきた。日本人の友人を招き、中華料理パーティーなども時折催した。今はずぼらになり、料理といえばシチューが定番である。日本では、ボストン時代に買い込んだ調味料や調理器具が、やたらに高いので、中華料理はもう作らない。おっと、シチューが煮えてきたぞ。 某月某日 過日、電話機が、例の気味のい悪い声で、「ファックスヲジュシンシマシタ」と言うのが聞こえたので、電話機の前まで行ってみたら、表示板というのが正しいのか、とにかくデジタルな画面にカタカナで、「ジュシンデータガアリマス/インクリボンヲコウカンシテクダサイ」との表示が出ていた。ああ、やってきた。復活の日ならぬインクリボン交換の日。僕は、インクリボン交換が大の苦手なのである。一回でうまく行ったためしがない。電話機をぱくっと半分に割るようにして中を見ると、なるほど、どうもインクリボンの様子がおかしい。これは僕の天敵である電化製品量販店へ、インクリボンを買いにかなければならないことを意味する。この日記で何度も書いているように、僕はあの量販店が大嫌いなのだ。ビカビカの蛍光灯に騒音に雑音。落ち着いて買い物ができたためしがない。大体、店内の何だかわけの分からない放送で、店員の商品に対する説明が僕にはよく聞こえない。まあしかし、送られてきた内容のファックスは、仕事関係のものかもしれず、このまま無視するわけにもいくまい。ということで、量販店に突撃。とにかく電話機の取扱説明書自体をもっていって、そこいらの店員に、取扱説明書を見せながら、インクリボンはどこですかと聞く。僕のインクリボンの形名は、数字とアルファベットの合体した複雑なものだ。しかも、だいたい、「形名」なんていう日本語自体が何だかおかしい気がするし、どうして、インクリボンごときに、スター・ウオーズに出てくるロボットみたいな型番つけなくちゃならないんだよ。インクリボンA,B,Cで充分違う形と見分けがつくじゃないか。とにかく、インクリボンを下さいと近くにいた店員に声をかけた。案内されたその場所には、たくさんの種類のインクリボンが置いてあった。なぜ形をいっしょにしないんだろう。すぐさま僕の電話機に合うインクリボンを買い求め、料金を払った後、ダッシュで量販店から外に出る。量販店の店内にいた時間約3分。上出来だ。次は2分を切ってやる。家に帰ってインクリボンの入っている箱を開けてみた。いつも不思議に思うのだが、スティック状のもが2本、セロファン紙のようなものが、均一な量で各々のスティックに巻かれた格好になっている。このことからして僕には分からない。なぜ二本のスティック状のものに「均一に」セロファン紙みたいのが巻かれているのか。たとえば、トイレットペーパーだって、使っていくうちに芯にある筒状のボール紙を残して、紙自体がなくなるわけである。だから、インクリボンだって、どちらかにインクリボンが巻いてあり、どちらかがスティックのみでなければおかしいではないか。セロファンのようなものが均一に二本のスティックに巻かれているということは、どちらか半分のセロファンのようなものは使わないということなんじゃないか。いったいどういう仕組みになっているのだろう。きっと電気会社とセロファン会社が結託しているに違いない。またこのインクリボンの交換が、僕の神経をささくれたものにする。一回でうまく行ったためしがない。しかもなんだよ、この19世紀的な交換の仕組みは。これだけ電化製品が発達しているのに、コンピューターのプリンターのようになぜならないのか。まず白色ギアと緑色ギアを新しいインクリボンのスティック状の穴に差し込む。この行程からして、もう既に19世紀的じゃないか。大体このプラスチックのギザギザした、円形状のものが、「ギア」なんて名前で呼ぶほどのシロモノか?とにかく解説書通りに、そのギアなるものを差し込んだ状態のインクリボンのスティックを本体に装着べく試みる。まずここで、必ずぴったりとはまらない。スティックの長さが長すぎて、電話機本体にフィットしない。その何だかギアとかいう物を、もう一度、スティックの穴にぐっと無理矢理押し込もうとしていると、段々セロファンみたいな紙がよれよれになってくる。格闘10分後、やっと二本のスティック状のものが、電話機に収まる。ふと見ると、ぱくっと二つに割れた電話機の裏側にも、インクリボン交換方法という説明が書いてある。二本のスティックを本体にはめ込むところまでは解説書と同じことが書かれている。違いは、緑色のギアを回転させて、インクリボンのたるみをなおしてくださいとある。その通りにして、二つに割れた電話機を閉める。ジーっと何だか原始的な音がして、「キロクシ/リボンカクニン」という表示が出る。いつもこうだ。いつも一回目にはうまく行かない。もう一回電話機をぱっくりと二つに開けて、インクリボンのよれがないか目で確認し、たるんでないことも確認して、緑のギアを回して、多少セロファン紙が突っ張るぐらいの状態にして、電話機を閉じる。「キロクシ/リボンカクニン」の表示が再度表示される。ここでいつも僕は、顔の表情だけ、無念無想の境地にいる者になる。しかし、頭の中は、無念無想どころか、不条理感と怒りでいっぱいになっているのである。こいつはいったいなんだ?なぜいわれた通りやってるのに動かねえんだ?きっとこれには電話機の閉じ方に問題があると考え、まず最初に静かに静かに閉めてみた。結果はダメ。作動しない。頭にきたから、こんどは思いっきり乱暴に電話機を閉めてみた。ガシャン!ジーッという音が長く続く。おいおい、いったいどうしたんだよ、さっきいよりそのジーって音が長いじゃねえかよ、と思っていたら、「シバラクオマチクダサイ」という表示が出た。シバラクッてどのくらいの時間のことを言ってるんだ。すると、またジーッという音がして、止まった。表示には、「ルスセッテイ」と今日の日付が。うまく行ったのかと思って、ファックス受信のボタンを押したら、電話機にファックス用紙が吸い込まれて行く。やっとうまく行ったんだ。しかし腹立たしい。インクリボンを交換するのにある種のコツが必要だということ自体が許せない。ゼロ戦じゃないんだから、誰がやっても、同じく作動するように、なんで設計できないんだ。これだけ電化製品が発達しているのに、何でファックスのインクを変えることだけが、19世紀的なのか。出てきたファックスを見てみたら、○×不動産株式会社 オフィスレンタルの件、六本木の一等地、4DK 賃貸し 月600,000という見出しの下に、部屋の間取りの設計図みたいのが印刷されている紙が出てきた。怒髪天を衝くとはこのことであろう。間違いファックスだったのだ。このオレサマに、月60万の家賃を払えってか。こっちはてっきり、何か仕事のファックスだと思ってたのに。次回から、ファックスのインクの交換時には、お客様相談センターに電話して、しかるべき人間を無料で派遣させ、交換作業を、何度も書くが、無料で作業させると心に誓った。えへ、えへっへへへへ。非常に感情的な文章を書いてしまいました。仕事関係の皆様へ。ということで、インクリボンは最近新しく交換したので、しばらくはファックス受信は問題ありません。何かありましたら、連絡お待ちしております。 某月某日 10月のはじめに風邪をひいてしまった。微熱が続き、本日29日、やっと熱が下がった。こんなに長い間風邪で熱を出した経験がなかったので、血液検査をしたり、レントゲンを撮ったりしたが、要するに体に細菌が入ったということしか分からなかった。まあ、大病でなくてよかったようなものの、これだけの長い間微熱が続くと、体力は消耗し、頭のぼんやり度も増してくる。普通に気分がいいという状態が、いったいどういう気分なのかも忘れてしまうほど、体がだるかった。熱がもっと高く、ベッドに寝たきりだという状態であれば、まわりの人間も、ある程度僕のことを病人として扱ってくれるのだろうが、微熱というのは微妙なもので、気分は悪いのだが、何となく事務の仕事をしてしまったり、じっとテレビを見たりしていたので、他人からは病人扱いされない。微熱なのだからたいしたことはないと、色々と仕事をしていると、日を追って体のだるさが増してきて、とにかく、横になっているか、テレビを見ることしか、できることがなくなってきてしまう。こういう時期に限って、ピットインでGO THEREの演奏、JAZZ TODAYでの演奏などをこなさなければならず、座薬などをぶち込んで、何とかしのいだのであった。特に、JAZZ TODAYの演奏の最中、座薬が効きすぎたのか、血圧までもが下がったような状態になり、ほとほと困った。まあ、評判が良かったので、これはこれで良しとしよう。風邪は万病の元とよくいわれるが、現代に於いて、病気の種類は1万では足らないのじゃないか。風邪は億病の元と言い換えるようにしたらどうか。行きつけの医者のところで採血したり、レントゲンを撮ったりして、最初に書いたとおり、億病の元に、自分がかかっていないことは、はっきりしたのだが、病院の待合室には、なんだかよくわからない病気の名前が羅列されたポスターなどが貼ってある。難病と呼ばれるものばかりだ。病名を何とはなしに読んでみると、その病気の症状よりおぞましい名前がついているような気がしてならない。しかし、よくその張り紙を見ていたら、金欠病という病名はなかった。多分誰にも治せないのだろう。金欠病になれば、病院には行けず、つまり、おぞましい名前の病名さえつけてもらえない。名前は間抜けだが、金欠病ほど恐ろしい病はないのではないか。僕もずいぶん医療費を使った。金欠病の初期症状である。 某月某日 また寝そびれてしまい,今は午前五時。この時間になると,妙に体が,たとえその夜睡眠をとっていなくてもどこかハイパーな気分になってくるのは,DNAの底に埋まった整体時刻のようなものが、まだ活動している証拠なのかもしれない。そう勝手に思い込むことができれば,僕はまだ健康であるということに成りはしまいか、と、今瞬間瞬間,明日の昼間までどういうかたちで寝ることができるか,模索しているところである。前回お知らせしたように,全曲ジャズのスタンダードナンバーで構成されたCDが秋に発売される予定となっている。色々な写真集など、またウエッブにて検索したりしながら,いいジャケット写真を探しているのだが,なかなかピタリとくるものがない。しかし,焦っているわけでもない。今までの経験からすると,最終的には何とかなるものだからだ。ということで,ジャケット写真も楽しみにしていてください。寝られないので,久しぶりにテレビを見たら,「朝までなまテレビ」をやっていたので,何となく最後まで見てしまった。ずいぶん前に,九鬼周造著「いき」の構造という本を読んだことがあるがある。すぐれた本というものは,貴重なものであることは周知のとおりだが,べつにこの本を読まなくたって、「いき」というものが、テレビを見ていてなんだか分かるような気がしてきた。つまり、政治家という職業の人々と対局の発想、観念,言動を心がければそれでよいということが良くわかった。思わず勉強になってしまった。いずれにせよ,日本の未来は暗いですね。ここ数日,仕事もなく,暑さのために,諸処の事務処理能力が通常の10倍ダウンしているので、内心焦ってはいるものの,それを突破する精神的前傾姿勢が、いまだ体の中に芽生えてこなくて,自分自身に辟易としている。まあ、こういう状態も何度か経てきているので,だからといってとてつもない心労をかかえつつあるといった状況でもないのだが。どちらにせよ,社会的に考えれば良い状態ともいえない。長い酷暑の日々を少し抜けてきた昨今ではあるが,食欲はいまだ戻らず,結構人間というものは,あまり食べなくても生きていけるような気がしている。食べるということに関して書いてみて,今思い出したが,またつい最近,あまり見ないテレビを何となく見ていたら,大食い競争やら,ラーメンを一日に何杯も食べてみせる番組などを連続して見てしまった。芸能人は,それを仕事としてやっているのだから,こちらが文句を言う筋合いはないし,見たくもない番組は,視聴者の側で見なければそれでいいだけの話しだが,やはり下品だと思う。このことも,九鬼周造の理論を知らなくても,「いき」ということがどういうことかということを,逆に理解する近道であろう。21世紀は始まったばかりなのに,世も末だ。こんなことを書くと,何だ偉そうにと思われる方もいるだろうから,補足のために書いておくが,日本の食べ物は,世界の食べ物,特にアメリカ,北ヨーロッパのものに比べて,格段に質が高い。これは僕が日本人だから,ということで贔屓しているのではなく,客観的な体験を元に、このことは断言できる。勢い、食に関する番組が多いということも,うなずける部分もなくはないと思う。しかし、カメラの前ででかい口を開けてむしゃむしゃ食い物が食えるという神経には,僕はついて行けない。単に恥ずかしいから。トリオのCDが発売されれば,自然と,これからの活動の指針もたつであろう。この夏を朦朧と過ごしてしまった分,何らかの巻き返しを画策せねばならぬ。と、ここまで考えたところで,その先に特に書くことが思い当たらなくなったので、今晩?今朝というべきか,今回の独り言は終わり。最後に一言。最近の日本人は喰い過ぎだと思う。 某月某日 また長らく日記を書くのを休んでしまった。あまりにも考えることが多くて,それを文章に書くという、いわゆる脳の中でのそれら事象をまとめる時間,それを内的言語にする咀嚼の時間が、この期間あまりにも長すきたことに起因すると思われる。ここで宣伝です。秋頃,ピアノトリオのCDを出すことに決まりました。演奏したのは全てジャズのスタンダードです。メンバーは,鈴木正人(B),芳垣安洋(DS)。なるべく意識的に,曲にアレンジをほどこすことを控え,これはある意味ヒジョウに冒険なのですが,あえてその方針でつくってよかったと思える内容となりました。鈴木,芳垣両氏も,すばらしい演奏をしています。秋頃発売予定なので,またこのウエッブにてお知らせします。8月の頭、小用あってヨーロッパに行っていました。帰ってきたのが,ちょうど東京各地で熱さ地獄が始まる直前で,体がまいりました。向こうは25°ぐらいだったのですが,成田に着き,JR鴬谷駅で外に出たとたん,サウナに入った時のような感覚に襲われ,これを逃れるには、四次元に開いたどこかの扉を探すしかあるまいと覚悟した次第です。外気がサウナなのだから,もう四次元にその出口をもとめねば、この環境からの脱出は無理だと,客観的に感じたのですが。これは、何の理論的根拠も科学的正当性もない意見ですが、一方、僕の心の中では,「皮肉」という一言が思い浮かんでは消えしています。この灼熱地獄によって,死んでしまった方もあるようで,これはどうも尋常な暑さとは思えません。宗教には,どの宗派にせよ,地獄,天国という概念があるようですが,もうすでに、この世自体が地獄なのに,いったい死んだらどこに行けというのでしょうか。宗教家は,地獄はもっと苦しいという理論で来るのでしょうが。この文章を読んでいる皆様も,お体ご自愛ください。 某月某日 前回の二回の日記、ろくなことは書いていない。自分のなかで堂々巡りをしているのみであるから,自らが何かの行動を起こし,精神的に全てなにもかも解決とはいかないまでも,なにかしらの気分転換が必要なのは衆目のとおりである。僕はいわゆるグルマンではないが,何かうまいものを食べて,少し気分転換をするということに決めた。これとて,僕にとっては非常に飛躍的な行動なのだが。とある筋から,あまり有名ではないが,うまいイタリアンレストランのことを聞き及び,それを教わった晩に出かけてみたのである。別段イタリア料理に詳しいわけではないが、その店は,とある世田谷区の一角にあって,メインの通りからも遠い。隠れ家的店である。まず席に着き,メニューをひろげる。日本語とイタリア語が併記してあるメニューに、料理の種類が並んでいたが、読むのが面倒であったので、店員を呼んで,とにかく前菜、メインの料理の二種類のおすすめを教えてもらい,後は全てまかすことにした。酒は辛口の白ワインをたのんだ。それが店員おすすめの料理のコンビネーションと多少合わなくてもおかまいなしである。何度も書くが,僕はグルマンではない。しかも,内臓が,紫色に変色するのが,そのときなぜか嫌だったから白ワインを頼んだ、という理由からだけである。白ワインをがんがんあおっていると,色々なキノコの炒め物が出てきた。メニューに書いてある料理の名前はすでに忘れている。オリーブオイルと何かしらの塩気によって絶妙な味をなしているキノコ類をわざとナイフとフォークで小さく切りなが食す。よく炒めてあるのに,キノコの繊維質がしっかりと歯ごたえがあり,しかも量も多く,先ず第一段階はとても味覚的に楽しめた。中華と同じく,やはり強い火力の調理ができるからこそこの味はたもてるのだろう。キノコの味というものは不思議千万で,味というより,繊維質とキノコ自体の土の香りを少し残した風味を味わうものだということを再認識したような気がした。キノコを食べていたら次の料理が来た。パンに様々なチーズを溶かしたものがかかっているなんとかというメニューで、これも少しずつ切って食べてみた。食べているうちにチーズソースがさめてきたのに,固まらないのに少し驚いた。ところどころ青っぽいところがそのソースの中に見受けられるということは,ブルーチーズも入っているのだろう。ヨーロッパに演奏しに行った時,彼の地において,相当えぐいチーズを食べたことがあるから,この一品は,もしかしたら,日本人用にアレンジされているのかもしれない。なぜなら,食べやすかったからだ。白ワインとともに,パンにチーズをぬってもぐもぐとやっていたら,メインディッシュがきた。ズワイガニのスパゲティ-である。まずカニの腕だか足だかを素手でつまみあげ,食べにくい中身をしゃぶり始めた。どう考えても,カニの中身とパスタ自身をいっしょに食べることが無理だなあと思ったからである。思ったとおり,カニの中身は食べにくく,最初は,丁重にナイフでもってして,中身を掻きだしていたが,途中から面倒になり、甲羅の部分から噛み砕いて全部食ってしまった。ざまあみろである。いずれにせよ,パスタには,カニの滋味が混じっているはずで,こういう食べ方をしても,特に問題はあるまい。思ったとおり,カニを征服した後のトマトソースのパスタには,カニの風味が移っており,しかも、絶妙な割合で唐辛子の辛さが風味を引き立てていた。ジューサーで細かくしてトマトソースに和えたというよりも,細心の注意を払って,唐辛子を細かく刻んだという辛さのなかに、スーパーマーケットで売っているトマトの缶詰にはない、トマトの新鮮な風味が、絶妙にパスタと絡み合っていた。一口食べてみると,その唐辛子の辛さとトマトの風味、カニというよりもいわゆる海鮮のある意味重ったるい食感が、口中に広がった。これは美味であった。この味覚によって,脳内のセロトニンが増えないかなあと一瞬想いつつ,このカニパスタ,一気に食ってしまった。次なるディッシュは,子羊の何とか香味風味焼きとかゆうもので,二十代の頃、フィレンチュエで食べたことのある,Tボーンステーキを想起させるものであった。辛口ワインも相当飲んでいるので,もうフォークもナイフも使うのが面倒くさくなり,子羊の肉にくっついてきた骨をつかんでそのまましゃぶるように食べてしまった。勿論この一皿にも,焼き加減,塩の量,焦げ目のつけ方,色々技があるのであろうが,こちらはそんなこと,食べる方法に関してはおかまいなしだ。ただただしゃぶりついた。脂身の部分と,肉質な部分が絶妙のバランスでり、一口一口が楽しめるように調理されているところに、家庭料理では再現できない何かしらの技を感じた。一口噛むと,肉の繊維質,しかしそこにはほろほろと,肉の脂肪がまとわりついてくる。二口目にも同じ満足感が得られるということは,なにかしら途方もない工夫がなされている証拠であろう。味全体に関しては,塩味が強すぎる感があるのに,その塩味を感じたとたん,肉汁がそれを中和するという繰り返しには,少し恐れ入った。後,骨までしゃぶって,椅子にのけぞり,天井を見上げた。たまにうまいものを食うと,少し頭がぼーっとする。この湿気の強い嫌な気候の中で,このような味覚を維持すること自体,大変なんだろうなあと想いつつ店を出た。たまにはこういう晩が有ってもいいではないか。明日からまた,豆腐に醤油をかけてそのままスプーンですくって食べる日がはじまるのであるから。二番目に食したのは, 某月某日 前回の日記の続き。こういう湿気の時期にまた夜も眠れなくなるという悪循環が襲ってきた。ただいま午前6時30分。前回の日記で書いたいわゆる余計なことを考える気力もなくなっており。こんどはあらぬ妄想が,何の合理性もなく、浮かんでは消え,浮かんでは消え,という状態になっている。眠れなくなるという状態にはなれているはずなのに,今度は複数の,わけの分からぬ妄想が、瞬時にして頭をかすめたり,なかには、その妄想と他の妄想とのあいだに、何らかの関係のあるものまで含まれている時がある。いずれにせよ,前回書いた日記を書いた状態よりも手に負えない。ただ妄想といっても,それは必ずどこかに悪夢的な要素を含んでいるからである。つまり、前回のように,何やら根本的に脈絡のないことを書き散らしていた時よりも、さらに自分自身の思考を押さえつけるのは難儀な状態になってきてしまっている。何しろ相手は妄想なのだから,突然に前夜に見た夢の断片が頭の中に去来したかと思うと,とにかく有りもしないようなことが、何故だか冴えきったイメージの中に滑り出してきたりする。個別の妄想自体は,そんなに頭を悩ます原因ではないのだが,しかし,それらいろいろな妄想そのものが,ものすごい勢いで、同時に脳内を通り過ぎてゆき,これには全くお手上げの状態で,禅の言葉で,妄想は出流にまかせる去るにまかせるしという方法があるそうだが,世俗にまみれた僕の心境では,到底このような言葉は,知識として認識されるだけである。酒を飲むと一時収まることもあるが,それによって酒に依存するのも厄介の種となりそうだ。新しいトリオのMIXINGの日程がなかなか決まらず,新しい演奏場所を探し出さなければならないという強い想いが,不眠症、ならびに、複雑な人間関係など、これらのことが要因になって、自分勝手に妄想しているに元凶かもしおれない。チュンチュンの時間となってきたようだ。ムダとは知りつつ,これからベッドに横になってみることとする。 某月某日 梅雨である。きわめて体調が悪い。僕の天敵は湿気なのである。ピアノと同じように。昨今ポッコリと演奏の仕事の谷間ができて,気分もすぐれないのに,余計なことを考えてばかりいる。余計なことは余計なこととして,考えねばいいと言われればそれまでなのだが,その余計なことの中にも、大切なことが混じっているかもしれず,大切なことの中に余計なことが混じっているかもしれず、こういう文章を書いていること自体,余計なことかもしれず,最後にはため息が出る。総じて言えば,日本という国は、かわいそうな国である。世界史の中で初めて原爆を落とされ,信用していた政府には裏切られ,国家としての理念もなく,普段食っているものは何がなんだか分からなくなっていて、それなのに、諸外国からは先進国として扱われ,根本的には国家自体貧乏なクセして背伸びして,生き残ろうとしているけなげな日本。こういう国に文化が根付くことは、遠い先の未来だろうと思うと,暗澹たる気持ちになる。いわんや,遠い先の未来に,文化国家として確たる姿を呈することができれば,まだいい方かもしれない。なにを一人のミュージシャンごときがほざいているのか,と思われる方もあろうが,逆に言えば,たかがミュージシャンごときの存在をも、こういう気分にさせる土壌というのは、いったいなんだろう。僕の気鬱のせいだけなら読み捨ててもらってもかまわないけれど。僕は自分の審美眼と美感を,信じるのみである。 某月某日 前回のごとく書いてはみたが,ウエッブの管理人の適切なる指導によって書き変えることができた。なんだか,キャッシュを空にするという項目をいじらなければならなかったようだ。また一つコンピューターについて新しいことを学んだような気もしているが,時が経てば忘れるであろう。そういう頭にできあがっているのだからしかたがない。せいぜいウエッブの管理人に愛想を尽かされない程度にうまく渡り合うすべだけは忘れぬようにしないと。そういえば,久しぶりに日記を更新している。むしかえすようだが,我が尊敬する哲学者、池田晶子氏が亡くなってから,何となく,文章を書くことに対しておっくうになっていただけなのだが。言葉はロゴスであるという真実を突きつけられてしまえば,おいおいと、よけいな文章は書きたくなくなるし,今はやりのブログというものも,なんだか善し悪しの基準が曖昧に思えて,不特定多数の人々に対して,ここで文章を書くこと自体,すこし憚られた思いであったのだ。前回の日記を見てみると,トリオの録音のことが書いてあるが,これは三月に終えたことであり,優に3ヶ月間沈黙していたことになる。この間,個人的にも社会的にも色々なことが起きたのだが,どうも世の中,時が経つにつれて,ミュージシャンのみならず,生きにくくなっていく度合いが増えていっているように思えてしかたない。宮崎駿氏の創造した「風の谷のナウシカ」では、腐海に広がる粘菌が、ある意味人類の未来を象徴していたが,西暦2007年現代の粘菌も,増殖してるんだか,どこにあるんだか分からない仕組みとなっているようで,どうもお先真っ暗だ。日本人はなぜもっと怒らないのか。僕としては音楽を通じて暴れるつもりである。アバレルといっても、なにもデモをするとか,わけの分からない行動に出るつもりはない。べつに激しいフリージャズ的手法をもって,何かを表現するつもりもない。いずれにせよ、大勢の人々が,本当の音楽によって或る種のカタルシスや,日々のどうにもならない気分が一瞬でもいいから解放されることを望むばかりだ。別に僕の音楽以外でもそういう体験をして頂いてもいいのだが。笑ってしまうのは,,学校の先生や,その他、ごめんなさいではすまない職業の人達が,妙な痴漢行為で捕まっていることだ。バンドマンだったら,あいつはスケベでどうしようもないな,ですむところ、むろん,被害者の女性をこれ以上増やすことは良いことではないが,復職できるということを考えれば,我々の方にアドバンテージがある。いったいどうなっているのだろうか。つまり、あまり一寸先は闇ではない人や職業の人が,自ら一寸先は闇の世界を創出しているということであって,ある意味,我々ミュージシャンを上回る気性の持ち主が増えているということであろう。こうなってくると,我々が,いい意味で音楽的に暴れても,あまり意味がなくなってくるのではないかと不安に思ってしまう。何しろそういう人達は,我々を精神的に凌駕しているのだから。さてこの日記本来の役目をこれから書き記すとすれば,トリオのCDの発売は秋以降となりそうである。予定ではそうだということで,後は実務をこなすEWEの手腕に、宣伝なども含めてまかせるしかない。 某月某日 機械の都合で,新しいライブスケジュールの更新ができません。なぜだろう。 某月某日 本日は,目の奥底のホコリがふりはらわれるような晴天である。少し風が強いが,それもまた,目やにをからりと乾かしてくれるような春風であり,気分がすこぶるいい。一週間ほど前,銀座のスタジオにてトリオの録音をした。メンバーは,鈴木正人(B),芳垣安洋(DS)。今回は,前回の「ELEGY」のようにストリングスが入っていない掛け値なしのピアノトリオの録音だ。発売は今年秋頃を予定している。詳しい情報は,追って,このウエッブにおいてお知らせしたいと思っている。スタジオにて,久しぶりにスタインウエイを弾いた。ピアニストであるのに,なかなかこの楽器にめぐりあえない。普段,場末のキャバレーのズベ公と、日夜の区別なくものすごく淫蕩な日々をすごすダメ男が,いきなり原節子から愛を告白されたような、そんな段差がある楽器で,鍵盤のタッチ、サウンド,音色,アクセント,等など,申し分なく自分のイメージしたとおりの音を出してくれる楽器だ。ピアノという楽器は,名前のとおり,ピアノフォルテを十分表現できるもので,その醍醐味を久しぶりに味わったと思うのは,喜ばしいことなのか,悲しいことなのか。確実にいえることは,また新たにピアノという楽器に対するイメージを録音を通じて学ばせてもらったという気分いっぱいである。と、言いつつ,レコーディングのために家にこもってピアノばっかり弾いていたので,いざ本番が終わってみると,燃え尽き症候群のような精神状態になってきて,最初に書いたように,ああ、太陽が明るくなってきたな。風が強いなといった自然現象しか感知しなくなってしまった今日この頃である。ちょっとニュース等を真剣に見ると,ロクなことは起っておらず、詳しく書かないけれども,まあ嫌になってくるだけだ。日本の政治は何でこうゴミなんだろう。いや、春だ。ゴミなことを忘れさせてくれる春の力を信じようと思う。コンピューターで桜の開花予測をし,それがはずれるなど,愉快でたまらない。咲いた時が咲いた時じゃないか。日本の都市景観は類を見ないほど最悪だが,そこに桜が咲いていると,何ともけなげに見えてくるから不思議である。今住んでいるところから一番近い花見の場所は,M川沿いの桜並木だが,毎年夜桜を見に行っている。川沿いの店などが,屋外に椅子を置き,花見客を立ち止まらせようとしているのだが,僕はあまりそういうところには座らずに,川沿いに桜を見ながらうろうろする方が好きだ。そのあと酒が呑みたくなれば,川沿いからはなれた店で静かに杯をかさねるのがよろしい。家に帰ってねそべりながら、坂口安吾の「桜の森の満開の下」など読み返すと,またこれ格別である。お金もかからない。さあ,今年の春、夏,秋、冬は何がおこるのであろうか。池田晶子さんも死んでしまった。どうあれ、次回のCDが出るまで,考えの及ぶ限り,自分の音楽のことを大切にしなければいけない。最も簡単な答えが,最も難しい。 某月某日 我が尊敬する哲学者,池田晶子さんが死んでしまった。ものすごくショックである。彼女は僕と同じ1960年生まれで、年齢も46才と同い年だ。僕の好きな作家は、すべて鬼籍にはいっており、彼女の書く文章は彼女より若い人、または同年代、池田さんより歳をとったひとが、まじめに思索するに十分な内容である。まだまだすごいことを書いてくれるという期待が僕の中にあった。そういう意味で,池田さんの新刊が出るのを楽しみにしていたのに,癌によって池田さんは他界された。悲しいのは,これより先,新刊は望めないということである。いずれにせよ、同い年の池田さんのことは、他人事とは思われない。今まで既刊の彼女の書いた文章には全て目を通している。これまでの池田さんの文章を読んで感じたことは,僕には明晰に考えられない大切なことを,池田さんの文章によって知らされたということだ。このことは,僕に対して,大きな財産となり得ることだった。池田さんは,死に対して,この世の不条理に対して,明確な理論的文章を展開されている。この世の不純を書き表し、それらの一字一句が,少なくとも僕の魂を動揺させるのに充分だった。だがしかし、もう新刊は,書き残ししか期待できないだろう。何という悲劇であろうか。彼女のような人こそ,これからの日本人を、内面的にリードし得る人だったと確信していたのに。これは僕の勝手な思い込みかもしれないが、我々日本人は,真のオピニオンリーダーを亡くしてしまったと思う。インターネットで知った情報だが,池田さんは、死ぬ間際まで文章を書いていたということが多く語られている。僕が最近読んだ池田晶子氏の本は,情報センター出版局の「残酷人生論」であった。未来を予見したようなタイトルではないか。この本でも,死ということが,実に明晰に記されていた。同い年の僕よりも先に、その「死」を超えてしまった池田さんの胸中はいかばかりであったろうか。哲学的解釈をぬきに考えても,池田さんの安寧を望むまでだ。彼女自身,著作の中で,死は存在しないと,何度も書いているけれど。しかし、一方では,池田さんの安寧を望む反面,死ぬ直前まで書いていた文章を読みたいというある意味下品な欲望も抑えきれない。こういうことを願うこと自体、残酷人生論かもしれない。でもしかし読みたい。文筆家はこういう人生をたどらなければならない宿命があるのかもしれない。などと、自分勝手な理由をつけて,だけど読んでみたいのだ。たとえその行いが下品であろうとも。池田さんは、本当に最後まで死を恐れなかったのだろうか。ここが、文筆家と読者の残酷な関係の露出するところである。客観的に見れば,文筆業というのは因果な商売といえよう。書いた本人が追いつめられたところを,追いつめられていない頃の文章と照らし合わせたいという、それこさ、残酷な読者の興味を倍増することであるから。不謹慎は百も承知で,池田晶子さんの新刊を楽しみにしている僕は,はたして、サディストなのか。ええい、どうでもいい。池田晶子さんがこの世に残した文章は,一字一句にいたるまで、熟読するつもりだ。勝手な考え方かもしれないが、,それが彼女に対しての最大の供養となるであろうと望みたい。 某月某日 またずっと日記を書かなかった。正月新年は深夜はピットインで演奏し,そのまま家に帰って寝たら,元日の夕暮れになっていた。年越しそばも,日本的新年のお正月の行事をすべて放棄した静かな夕暮れ。そば屋も開いていまい。元日の太陽も拝めなかった。しかしながら、いい気分である。気分はいいが,脳の気分は悪い。正月という時期を無視したという浮遊感をもってして,寝床から起き上がるも,これといってやることはない。腹が減ったが,僕は腹が減らないつもりになるのがうまいので,そのまま連続して煙草を吸ったりしていると,夜になった。初詣でも行こうかと思ったが,人ごみの中にいくのがいやでやめた。ということで何にもすることがない。実家に帰る約束をしたのが3日だから、後一日寝て過ごすことにした。池田晶子著「残酷人生論」を読んでいるとまた午前四時ぐらいになった。どこも開いてないから散歩に行く気もせず,部屋の換気を定期的にする意外なにもしなかった。さて3日の午後に,実家に新年の挨拶にいくことになっていたが,行くこと自体もめんどくさくなってきた。なんだかんだ理由をつけて3日の日も実家にいかなかった。実家にいけばそれ相応の食い物があるだろうに,親戚が集まって,おめでとうございますなんて,なんだかアホ臭くて,寝床に横になりながら,中島義道著「たまたま地上に僕は生まれた」を通読。この手の本を読んでいる方が落ち着く。悪癖はすぐ身に付くもので,一月中深夜まで本を読み,起きるのが午後4時頃と、太陽の光を見ぬ一ヶ月が過ぎていった。不健康きわまりないが,慣れるとそうでもない。なにもはつらつとして明るいばかりが人生ではない。食生活も滅茶苦茶。後でツケが回ってくるのだろうがかまやしない。今までずいぶんとツケを払わされてきたから,次はなあに、てなもんだ。なんでこんなことができるのかと言えば,これといった仕事が無いせいであって,ここまでくると,自分がピアニストなんだかなんだか,もうそんなことはどうでもよくなる。読書に飽きると,サングラスをかけ,新宿紀伊国屋書店に落語のCDを買いに行く。僕の贔屓は春風亭柳朝だが、いかんせん記録が少ない。残念なことである。もちろん古今亭志ん生、桂三木助,円生、金馬などなみいる名人も僕のお気に入りで,ジャズなんてこれっぱかりも聞いていない。うまい落語家は音楽と同じに,やはりグルーブしている。面白いな。しかし2月となるとこんな生活をしているわけにはいかなくなる。さすがに、なにか起さねばと,板のようになった背中をさすりながら,仕事をとり,3月のレコーディングの準備も始めなくてはならない。ということで、最近名実共に,おそまきながら、起き上がった所である。 某月某日 東京フォーラムに於いて,ジョアン・ジルベルトのコンサートを聴きにいった。あの音量で,大勢の客をテンションをキープするということは至難の技である。ボサノバという音楽は実に不思議だ。この太陽系に地球という惑星があって、今まで人類が歴史上どんな蛮行を繰り返してきても,その蛮行を大きく音楽で包み込む奥深さが,ボサノバ,強いていえばジョアン・ジルベルトの音の中に散りばめられていた。そう,極端にいいえば,いずれ太陽の膨張で消え去る運命にあるこの地球で,地球の人類が作り出した,何をも包括する音楽、それがボサノバなのではないだろうか,いわんや,超未来の人類が、太陽に地球が呑み込まれる瞬間にトリステなんか聴いているなんていうのも、不思議にマッチしてしてしまう音楽、これはボサノバ以外無いであろう。卑近のボサノバであっても,例えばイラクでの戦闘シーンに、現場の音をかき消してボサノバを流したら,逆にものすごくインパクトのある映像が撮れるのではないか。満員電車の風景にデサフィナードなど流せば,シニカルをとおりこした,何らかの残酷さとともに,どこか客観的でシラケた効果が出ることは必須である。例えば,爆弾テロがあった場所に映像とともにボサノバを流せば、人類の,意識そのものが,大きく展開するのではないだろうか。人類がちょこまかと己の利益や思惑で行ったり来たりしている。僕を含めて。だが,21世紀の映像にこそ,ボサノバは必要なサウンドであると思う。御大75才、来年は来てくれるのだろうか。 某月某日 昨日,携帯の会社を改め,新しく某社の機種を手に入れた。機種変更に関しては,今まで使っていた携帯電話にいろいろと問題があったから応じたのだが、それを変更するまでの行程は詳しく書かないのがよかろう。一言そえれば,機種変更に於いて、多大なすったもんだがあったとだけ記しておこう。今頭にきていることは,機種変更、その間のすったもんだ,店員の対応等の問題よりも,新しく手にした携帯の機種の内容にある。僕が一番げっそりきたのは,その携帯電話自身の内容の幼稚さである。とにかく、誰かが日本人を愚民化,もしくは文化度ゼロに追いやろうとしているとしか思えないような機能がたくさんついている。色もデザインもひどいという言葉をとおりこしたメールの背景画や、メールの文字に付随するチーハク的絵文字。漫画やゲームなど、携帯一機には多すぎだろうと思われる下衆なサービス。無知なガキから、通信料、通話料をむさぼり取ろうという見え見えな多くの仕掛け。仕事に関連しなければ絶対もたないこのような機械。ガキの仕掛けにはつばくろのように,一方向に目を背けるばかりだが,やはり中には大切な情報を集積したアプリケーションがあり,いやでもガキ専用の項目を無視できない状態となるときがある。。機械に弱い私は,意に反してそのガキ地域をまちがってボタンを押してしまう時があり,非常にイライラする。着信音にしても、こちらの神経をイライラさせる電子音のものが多い。こういう音でないと,渋谷の騒音の中では聞こえないのであろうが,このこと自体,もう悲劇的なことである。あのチャカチャカした音を二重に聞き慣れた耳は,一体その先どういう音を求めるのだろうか。または,こういうことにこだわる僕が,神経質すぎるのか。どこに基準を置いていいか分からなくなってくる。ちなみに僕は,絵文字というものが大嫌いである。メールと言っても,これは手紙の一種なのだから,すべて文章で表せばいいじゃないか。こんなことを言う僕はもうジジイなのか。誰か、頼むから,大人用の携帯を作ってください。 某月某日 一時間前に,EWEの主催するJAZZ TODAYにおいて,BOZOで演奏して帰ってきたのだが,演奏があまりにも刺激的で,脳のシナプスが飛び交っているようで,全然眠くならない。逆に,すぐ寝られるようだったら、演奏は無難にやり過ごしたという、ある意味内容がよくなかったことを示唆しているのかもしれない。ある種の職業病だともいえるが,ドラムの音、ベース,サックスのフレーズを,一音ももらず聞いて反応し,脳内も,普通の状態ではあるまい。面白いことに,わざと周りの音とは関係ないプレイをすることがある。そういう時,ドラムやベースが音楽の流れの一点に置いて,瞬間的にピタリとあう瞬間がある。これはプレイヤーに於ける最大の喜びである。と、脳を酷使して指先じゃんじゃん使った後,温かいミルクを呑んで行儀よく就寝とはとてもじゃないが,無理である。悪いことに家事などなにも手につかない。家の中を行ったり来たりしているのみである。大勢のお客様の前にいた数時間前とは、当然ながら違う人間になっている。雑念だらけの,その雑念さえ答えを導くことなく堂々巡りしているような,そんな状態だ。そしてあるとき瞬間的に眠気が襲う。昨夜は午前4時過ぎで,朝-9時に目覚めてしまったが,脳内はあまり快調とはいえない。まあ,毎度のことだが。 某月某日 いつまでも家にこもってネガティブなことを考えていてもしょうがないので,今日は無理して外出することにした。だいたい,東京自体が騒音の渦なのだが,そんなことをいっていてはいる場所がなくなってしまうので、まず土地勘のある新宿へ行った。やはり騒音の渦だが,高校時代から来ている場所なので,どこがうるさいかだいたい見当がつき,そのスジの通りは歩かないことにして,名目ともにふらついた。途中で,パンツ(ズボンだよ)と靴を買って、気分転換をはかることにする。外見が違えば,脳の状態もそれなりに変化すると思ったからだ。まあ,今日買ったものいだし、これからそれらを着たり掃いたりしないと気分の変化が分からないので、まず買い物をしたという充実感をもつことにした。消費によって快楽を得るのはキャピタリズムの基本だが,難しいことは考えずに,僕もその上に乗っかって、楽しい思いをしようとしたまでだ。だが、やはり、買い物とは際限ないものであり,いい演奏ができた直後の快感には,当たり前だが劣る所がある。まあ、同じ快感を買い物で得ようというのが根本的な間違えだと思うが。とりあえず、家にこもって悶々としているのでないということでよいと思うしかない。家に帰ってジョアン・ジルベルトのCDを聞いている。どんな状況でも,どんな精神状態でも,ボサノバは最高だ。 某月某日 下記に書いたとおり,明け方目が覚めてからいまだ眠れない。体は疲れ,寝たいという欲求があるのも確かだが,いかんせん眠くはならない。ただ頭が重いのみ。こういうときはうつ状態になると相場は決まっている。頭の中で響く声は,俺はすかたん,バカ,アホ、能無し,生きてる資格もない動物。あかんたれ、愚民、と言ったようなことばかりである。自然,なにもする気がなく,頭を抱えて寝ているだけ。その姿勢までも,僕のうつ状態を悪化させる。世の中に必要でない人はいない,という言葉もよく聞くが,その言っている人は,世の中に必要とされている場合が多い。そんな御託真っ正面から受け取るものか。ふん、あほらしい。無能の人の僕は,世の中にコミットせず,死ぬまで生きるしかないんだろうなあと思う。ああ不条理だ。 某月某日 最近明け方に目が覚めてしまうので往生している。早起きは三文の徳らしいが,今の時代三文もらってもエビアンも買えまい。三文探して午前4時にうろついたりすれば,おまわりさんに誰何されるに決まってる。徳をつむと言っても,明け方僕が家の前の道にほうきをかけていたりすれば,ああ、M氏も狂ったなと思われるのが関の山であろう。と言って,これが一番困ることだが,練習したり,家事をやるというモードでもない。ああ,また目が覚めちゃった,という冴えた頭での煩悶がはじまるだけである。こういう時間帯はよけいなことばかり考えてしまうもので,その考えていることはすべてドンズマリだ。再度寝ようと思ってもこれも何故かできない。かといってこのような日記を書いていることが正しいとも思えない。別に正しいことを探しているわけではないけれど。これ以上何か書くことが何の意味も持たぬことに気づきだしたので,今日はここまで。 某月某日 最近,また悪い浪費癖が顔を出し,腕時計を買ってしまった。今まで愛用してきたBAUME&MERCIERに不満があるわけではないのだが,ふと立ち寄った新宿の時計店で目移りがしてしまった。ドイツのTUTIMAというところが作っている腕時計に一発でまいってしまった。この時計は軍用として開発されたもので、近代ではNATO軍も使っていたという優れものだ。しかし,腕につけてみるとやたらと重い。ふと隣のショーケースを見ると,また別のかっこよさの時計があるので腕につけてみたら,ピタリときた。同じくドイツ製のSINNというところが作っているもので,時計というより,見た目がコックピットの計測器に近く,TUTIMAを買うのをやめにして,SINN MODEL103を購入。フランク・ミューラーのような遊びはないが,黒革バンドの端正な文字盤が気に入った。これなら選ぶ服にも困るまい。ベゼルのないタイプなので,一見クロノグラフにも見えない。また僕の浮気性が出てしまった。時間とは妙なものであって,哲学者から天文学者まで,その概念をああでもないこうでもないいと議論して、この21世紀があるわけだが,大げさにいえば,腕時計とは,一瞬一瞬オダブツになる僕の肉体を、逆に計測している機械である。そして機械といっても自動巻なので,限りなくマニュアルに近い。オダブツになるその時までの計測は,気に入った腕時計とともに、ありたいものだ。クオーツなどで数字で示されると,何か味気ない。自動巻であるから,もちろん定期的に正しい時間に合わせる必要があるが,正確な時刻から少しずれてたってしょうがないじゃないか。人間は千分の一秒単位では生きてはいまい。同時に,ちょっとした散財も、少し心の刺激となりうる。悪い浪費癖が再び鎌首をあげてこない前に、また現実にもどってコツコツと自分の音楽を作るのみである。また、上記の二種類の時計に詳しい方で、情報をもっている方は,ご一報されたし。僕はただ感覚と気分によって時計を寄り好んでいるのみ。なぜかROLEXなどにはいささかの興味もなし。 某月某日 今晩はほろ酔い気分で,なぜか日記を書くことにする。ずっと雨模様だったお天気がだんだんと太陽が顔を出すようになり,ひじょうに喜ばしい。僕は,日本的いじめと湿気の関係を、どなたか教育者がデータを取るべきであると思う。古来から、台風,低気圧に見舞われてきたこのエビ反りの島国には,独特な習慣ができてしかるべきであろう。それが我々の祖先の作り出した絵や建築,気質までもを決定してきたのではないか。しかし,「陰湿」と言う単語を,英語になおせと言われても,僕の中には「GLOOMY」という単語しか浮かんでこない。「GLOOMY」という単語で,我々の国の陰湿さを表現するのは,不可能なのではないか。僕は透明感あふれる音楽がやりたいのだ。日本の陰湿さを吹き飛ばすような,きれいな音,それもある意味で最も日本的な。やはり,生まれる場所と国を間違えたかな。 某月某日 9月16日発売のCD,「ELEGY」EWCD0107,定価2500円でいまプロモーション中です。ご購入された方の感想など聞きたいものです。ライナーノートに書きそびれましたが,これは今まである日本のジャズへのアンティテーゼでもあります。アジア人は,日本を含めお祭り騒ぎが好きなようです。そして,そのことを満足させる為の音楽が,あまりにも多すぎます。僕はこの作品で,盛り上がらないことをまず念頭において制作しました。盛り上がるという言葉の正反対の抑うつ状態である自分の本性を音に託したつもりです。アジア人は、日本人を含め,お祭りが好きです。居酒屋などで一緒に呑んでいる相手の言葉が聞き取れないぐらいの周りの騒音に対して,僕はいつもめげていました。これでCDのライナーで書けなかったことを披露しましたが,これは僕にとって,本心です。 某月某日 毎日びしょびしょした雨模様で,やっと夏の湿気が抜けたかと思ったら,また寒いのか暑いのか分からない季節が来て,往生している。こういう季節には,なぜヨーロッパ人に生まれなかったのだと,心の中でじたんだを踏む。こういう、低気圧だか高気圧だか,秋雨前線がだあたらこうたらの天気予報も,僕の心を暗くし,抑うつ状態に陥るようになる。。作曲も練習もあったものではない。ただひたすら乾燥した空気を望むのみだ。こういうときには,意外と食事が大切なことは本能的に知っているので,今晩は、インチキンスープを作ることにする。少しレシピを紹介すると,まず、鳥の手羽,胸肉、カネのゆるす限り大量に買う。あとは、セロリ,タマネギ、人参、ジャガイモ、ブーケガルニ,ニンニク。まず鳥の肉をパックからだして、鳥の手羽を,包丁とトンカチでばんばんくだき、何等分かにする。胸肉はお好きな大きさに適当に分ける。後,鶏肉どもを器に入れて,一回洗浄。これで無駄なアクや,血の気をとる。水をきったら、コショウと塩で下ごしらえ。その間に,タマネギ一個とセロリ一本ををみじん切り。鍋にバターを投入。焦げないうちにニンニク一個をスライスしたものをいためる。きつね色になる前に,肉を投入。皮の部分を少し焦がすように強火で焼く。後,タマネギとパセリを投入し炒める。タマネギが透明になってきたら、水を注ぐ。これは、作りたい分の水をそそぐが良い。ただ、水道水ではなく,ミネラルウオーターを使う。この部分に少し贅沢しないと,味がテキメンに変わることは,筆者経験ずみ。水をひたすぐらいい入れ,決して茹でることなく,コトコトと弱火にて二時間煮る。間合いを見てアクをとる。その後,人参とジャガイモを一口大に切って,サラダ油で炒める。ここに塩と砂糖。いい香りがたったら、それらをスープの鍋に投入。後,マギーブイヨン一個と、鶏ガラスープを大きめなスプーン二杯。ここがインチキンスープの真骨頂である。本当は,鶏ガラから作るのが道理だけれども、それをやっていると半日かかる。最後に塩コショウを入れ味付け。手羽先がグダグダとなり,二時間煮込めば骨も柔らかい。あえて他になにも用意せず,スープのみをひたすら喰う。その内に,この湿気た世界をはね返すような,じっとりとした汗をかいてくる。僕などは,バスタオルで全身を拭きながら喰う。この季節がしのぎにくい方々、お試しあれ。 某月某日… >>>