ウタバン

何気に、というか、機会を自ら無意識に遠回りして来た経緯もあるが、歌の伴奏、謂わゆるウタバンを最近しなくなった。どういう理由かと聞かれても、一直線に答えは出ない。思えば沢山のウタの人と演奏して来ました。新小岩のキャバレー時代から銀座のナイトクラブ、ボストンのローカルギグ、帰国してからの与世山澄子さんとの出会い、綾戸知恵さんとの邂逅。良い思い出ばかりです。幸いアメリカから帰国してからも英語の達者なニホン人と共演する事が多く、同時に私の演奏の表現力の糧になるような歌い手と随分仕事をして来ました。

キャバレー時代、また帰国後、六本木、青山、霞町、広尾に有ったバーやクラブで駆け出しの頃からもウタバンはインストルメントと同じ比率の付き物で、20代の頃は、大年増の業界に100年は居座っていそうなベテラン歌手とも共演しました。彼女らは、私の察するところ、不良少女上がりで、昔は、丁稚もアキンドもできないような奴は噺家にでもなっちまえ、というのが定石だったようですが、彼女らも、いつまでも不良少女をやっているわけにもいかないので、たむろをしていたバーやキャバレーで歌い始めたヴェテランの、ある意味札付き大年増お嬢で、音楽学校を出たわけでも、誰かに習ったわけでもないのにもかかわらず、なぜか歌がとても上手く、何故かフィーリングがあり、ハーモニーの知識も無い筈なのに息なスキャットをする様な、そんな女性歌手たちでした。若い頃はその音楽以外のいろいろな経験に長けた彼女らのウタは、酔客の心をくすぐり、曲間のしゃべりでも独特の味があり、「夜もふけて参りました。私も老けてまいりました」なんてさらっと言った後、曲名もキーも言わずに突然歌い出したものです。

「ミナミちゃん、あんたこの曲知らないなんて、この世界でどうやって生きていくつもりなのよ。伴奏するんじゃなくて、ワタシの歌についてくるのよ。わあかった?」「な〜にそのイントロ、歌えやすないわ。あのねえ、これバラードよ、恋のウタよ。そんなんであんた、kyコクのコオもよく知らないくせして、変なイントロ出さないでよ、イイこと?まずシンプルに、余裕を持って、ほらせかせかしないで、出だしのメロディーをイメージしながら弾きなさいよ。え、コード、そんなもんワタシわかんないわよ。それはあんたの領分でしょ。だからちゃんとやんなさいよ」こんなことを毎晩言われていて、よくもビーク(クビ)にならなかったものです。しかし鍛錬と毎晩の演奏という練習や一人で弾いている時よりも、大勢のお客さんの前でなんとか形をつけて弾く事が、一番の上達方でした。あの頃はまだ、クラブやバーはたばこの煙が黙々で、ウタのお姉さんも、楽屋で一服つけながら、「な案で音楽学校まで出てこんな世界にあんた入っちゃったの。え、ジャズピアニスとになりたい?フフ。まあいろんな曲を覚えて、色んな歌い手の得意な所を後ろからピアノでサッと、サッとよ、もたもたしないで、一瞬でいいの、いいコード弾いてあげるだけで、ワタシもそうよ。ノリが全然違ってくるんだから」厳しいが優しい人達でした。そして狩野らの歌う歌詞は冗談抜きでそのリリックをそのまま実生活にした様な方々が多く、それだけに聞いている方も、伴奏しているワタシも心に染みいる様なウタを歌っていました。

時代も変わり、その手のバーもクラブも数が減り、ワタシが二十代の頃の歌い手さんたちは今頃もうおばさんでしょうが、どうしているのでしょうか。与世山さんと綾戸さんのお話は次回にゆずりましょう。

I Phone 入力しつつ、教室の説

めでたい事に、わがMac Boon Air が修理しなければならない仕儀となり、Iphoneにてこの文章を書いてあるが、書きにくくてしょうがない。ただでさてさえ書きにくい上に、変な言葉がどんどん変換される。例えば、アシガツッタ、ドビュッシー、シェーンベルク、などカタカナも異常に書きにくい。戦後、ニホン語を英語教育かローマ字教育にする案があったらしいが、こんな機械が出来てしまえば、日本語教育を残したとて同じことだ。今既にローマ字で書いているのだから。多分そうなると、あ萩原朔太郎、北村透谷、二葉亭四迷、北一輝などの文体はすぐ滅びただろうが、では今ニホン語が正しく使われているかと言われれば疑わしい。 あ、宣伝だ。生徒募集中であります。ニホン語。英語が話せる人には教えられます。また前にも書いた様にレッスン室も生活そのもの。昭和のコマーシャルにでたならば、ますシチュエーションは、どこかの団地の小道。買い物帰りの母が前を歩いていることを娘が見つけ、サザエさんみたいな頭と原節子並の美貌で「お母様、今日からピアノを習い始めたのよ」「あらあら、それはよかったじゃないか。良い花嫁修行になるわ」「あらそんな、私は若い時に習いたいと思っているだけですわ」「おやまあ」「ピアノの音ってとっても素敵なのよ。まるで夜空に煌くお星様みたい」「音楽で生活するなんて言わないでおくれよ」「あーらお母様、そこまで私もおたんちんじゃ無いわ。でもね、ピアノのを弾いていると色々な気付きと発見があるのよ」 「まあそれはどういうことだい」「ピアノってねえ、指先たげて弾いていると思ってない?あのね、ピアノは肩から背中も使って弾く、ある意味重労働ですのよ。おまけに親指の鍵盤にさわる位置がすごく大切。そして特にジャズピアノは、暮らしっっ区の楽曲も含めてアナライズ、あら、英語なんか使ってキザだわね。そう、分析しながら音楽を教わるから、同時に西洋史とも同期してきて、とっても面白くてよ」「そうかいそうかい。まあ、楽しんでや流ことが一番さ。さあ今日の晩ご飯のおかずは何だい?」なんて会話が一昔前は交わされていたものですが、まずはジャズ・ポップス、クラシックを問わず、基礎的な楽典が大変に重要です。例えば平行調のことなど、音大のピアノ科の人でさえ入学試験以来忘れていることが多くあります。ですが、三和音など知っていて損のない事からまず、特に初心者の方には教えていきます。原節子似の生徒募集中。 >>>

深夜の徘徊

寝そびれました。今午前四時半なので、このまま日が昇るまで起きている羽目になるでしょう。作曲というのは練習と違い、ある一定のアイデアが頭の中を満たしていても、いざそれを譜面に書くとどうも頭の中のアイデアと違う。私は作曲するにあたり、鉛筆と消しゴムしか使いません。ですから赤穂スティっックピアノに向かってあからさまなアナログ行為をしているわけです。そこにこの様なラップトップが横入りすり隙はない。要するに頭の中のイメージを音符として描き出せればいいのですが、如何せん頭の中がどういう仕組みになっているにせよ、それを頭蓋骨の内側から取り出して矯めつ眇めつ眺めるということはできないので、何とかイメージの音と鍵盤のキーとハーモニーを合わせ、進めてゆくのですが、不思議なことに、出来上がってしまう時は、あっという間に完璧なバランスで、しかもちょうどいい長さで曲を書き終えることができる。 一方、この愛ではすぐに譜面化できるなと思う様なアイデアは、意外と取り組みだすと難儀なことが多く、消しゴムを譜面台で使っているので、時々グランドピアノの譜面台をかついでゴミ箱まで直に持っていき、消しゴムのカスを捨てたりするのですが、ピアノの鍵盤の前に座っている時ではなく、そういうちょっと水を飲みにピアノ室から出た瞬間、消しゴムカスを捨てようとした瞬間に何処かから、本当に自分の頭の中、体の中にあったのだろうかと思える様なアイデアが湧いてきて、急いで鍵盤の前に座り、さて何を思ったのかと客観的に自分を見つめてみると、大したアイデアではないことに気付いたりして、意外とさっっ曲中であれピアノの部屋と外を行ったり来たりしているものです。 さあ、今晩?今朝は少しでも寝る大勢になるかな。 >>>

雰囲気

多くのピアノ教室生徒募集系のWEBSITEやYOUTUBEを見ていると、自分の所の教室の雰囲気を書きなさいとありますが、一番その教室の雰囲気を作るのは生徒さんそのもので、良いピアノを揃え、防音万全、教本も多彩、広さも狭過ぎない。いろいろな条件があると思いますが、そこに誰が来るかで教室の雰囲気は決まります。もちろん私は教える側ですから、それなりの準備をしていますが、お釈迦様では無いので、誰もが己が罪を告発したくなる様な笑みは浮かべていませんし、かと言って、気難しくしかめっ面でもありまりしません。そして私がレッスン中、いろんな事象を例にとり、それを冗談やネタにしたりして、ジョークを言おうがなんだろうが、笑わない生徒さんは笑わないのです。逆にこちらが普通に教えているのに勝手にケラケラ笑っている生徒さんや、そんな事私の前でしても意味ないのに、みたいな間違い隠しをする生徒さんもいます。間違いを指摘する、またはどうしたら間違いにくくなるかを教えるのが私の役目ですからそういうことをされても、すぐバレます。 だいたい音楽などクラシック面含めてフィーリングが全てで、要するにFeelingがよければ何をしても良いのですが、だからといってピアノの鍵盤をボンゴの様に叩き続けても面白く無いので、音の構成、ハーモニーなどを教えている訳です。音楽は数学的でもありますが答えはなく、立体的ではありますが横に流れ、聞く分には良いですが演奏するとなると、自分でも思いもよらないことをする。その思いもよらいない事がクラシックではダメ出しの一歩になりますが、ジャズの場合はその音を関連付けて、意味のあるものにしてしまいます。それはあらゆる教則本にも書いてある事ですが、実際に試す人は少ない。今日も1日が始まった。別に明日演奏何しようかなあと思う程度で、もちろん練習はするつもりですが、こう言うひ日が続くことを願います。30代、40代の毎日荒波に乗っている様な日々はもう十分かもしれません。しかし人間は生きている限り、本物の坊さんでない限り、何か面白そうな事、刺激的なことを探す様にできている様で、話は飛びますが、見取りの仕事をしている人には本当に頭が下がりますね。あれ全部アドリブだと思うんですね。みんな同じくあの世にゆくわけでは無い。音楽もその観点で言えば、何か近いものがあるのかもしれません。人生はずっと整列していられないのです。 >>>

今日のレッスン

今までここに好き勝手を書かせてもらっていたのですが、どうも世情の情勢悪く、日本も自由な発言など、制限される様になるかもしれません。たかだかピアノ教室のああだらこおおだらとお上が思ってくれれば良いですが、しかし、このままで行けば国体も保たず、またあ新しい生徒募集の技が作られていくでしょう。いずれ3Dになり、現実で無い生徒が、自分のピアノを弾いていると言う様も笑い事にはできないのです。 どんなに科学が発達しても、可能なかぎり一体一で教えるのが理想です。Zoom やっその他の機会には、事務作業ならなんとかなるでしょうが、一体一のおその人がどこまで何ができるのかを早急に知るとができる。ピアノを弾くフォームや、一番大切なのリズムです。これは機会を弄して教えづらい。 誰でもその人固有のリズム、リズム感を持っています、たり前です。同じ人間はほとりとしていませんから。私にできることは、そこから良いリズムを生み出させることです。人間も仏様まではないので、良い中に何か他の字とを寄せ付けない様なリズムを歩出す人が居ます。そう言う人は、細かいところで人間関係にもつまずいているのかなと思う人が多い。よりリズムとは素直に、自分はこうですと表現することから始まりますが、 色々と情報が多く、本当の自分のリズム間に気がついていない人が多い。それは人間の教育の見えはなくて、日々の生活のなかんいどう言う音楽がはい入り込んでいるか。別にジャズでなくともかかわない。 その音楽の癖を自分でまねていいれば、好きな音楽に近付ける。そして音楽は一種類ではないのです。 最初に真似ることに興味を持ってもらうと先行きが簡単位見えてきます。   いくら同じ、ビートだ、リズムだと言って、不思議と、あまり情に蟠りの無い人が、抜群んのグルーヴを見せたたり、心に何か蟠りが有る人は何事もすむーうにはいきません。私はピアノしか教えていなく、そう言うスピリチュアル系の方はまずそこから始めてくださいね。   >>>

教育

昨日文章の流れで、教科書のことになった。私に子供はいないので確かなことは言えないが、東京都の教科書検定で変われる居箇所が嫌で長野に引っ越した友人2名。確か生活勅語の暗記だったと思う。 公立の学校はなぜか黒板から向かって左側が窓、きっちり机を合わせ何斑かに分けるのは、旧帝国陸海軍が作った軍人を作る作法を未だ教育制度に活用しているからである。学校から始まる異常な先輩後輩の厳しい分け方、キチッと並んだ机、あれは皆半刑務所的な発想からできていて、なぜ窓が教室の向かって左に多いかも、同じ行動をとらせる準備からだ。運動会、部活動、全てが未来の芸術家、音楽家の邪魔、用のないこと、する必要のないことばかりである。またある意味、合唱部という組織程、ファシズムな組織もない。同じ背服、誰が目だつでもない、指揮者の言いなりにこう歌いたいということは許されない。オーケストラにもその自由はあまり残っていない。指揮者がやはり絶対である。そういう意味での日本の犬畜生教育は正しいかもしれないが、世界基準からものすごく遅れている。つまり学校は勉強をするところで、机をきちっと並べたり、先生に必ずハイという場所ではない。いろいろな事が合理的に勉強できればそれで良い。友達ができたり、倫理、道徳を学ぶのも、日本の様な動物学校形式にしなくとも、人間は集団活動をすれば学ぶことは多い。畢竟日本の学校の音楽の授業は偏っているので気をつけたし。譜面が読める様になることは良いことだが、どんな歌を習うかは、自ずから耳を塞げ。危ないせんの始まりだ。 >>>

暑い日

何とも暑い日はやはり苦手であって、朝から全てのことが捗らない。全てのことをうまく捗らせるには、それなりの目標と目的がある程度必要だが、私には今それが思いつかない。教えている人には何を教えれば目標を持ちやすいか、他人のことは分かるのに、自分のこととなるとさっぱりである。ここは一発Edith Piafでも聴いて部屋の空気を変えようかな。シャンソンんはそんなに詳しくないが、Edith Piafは私の英雄で、中学2年頃の私を精神的にも、行動の変化という意味でも救った恩人である。つまりパリに行くまでは、こんな国では死なないと決めたのであった。登校拒否はそのまま自殺が願望が続いたが当たり前である。あんな半分精神病院みたいな、刑務所みたいなところに毎日通える奴はどこかおかしい。そして行くべき奴がその場所に合っている。つまり基地外である。先生も基地外絵教科書も基地外、授業も基地外で全部が基地外のところに長く身を置くのは良くない。幸いピアノを習っていたので、私は家で授業のある日も時間も、ピアノを弾いていたが、あの時周りに悪い友人でもできたなら、今生きていないであろう。否、生きていない方が幸せであったろう。この国は資源がないからマンパワーで国を押し上げようとした。それに合わない人は一度失敗すると世の中への再帰還が難しくなる。一回の失敗も許されない。そのための受験勉強で、若い感性の優れた者の精神がおかしくなってあたり前である。また、育児放棄、DVなどの目に合っている者は日本政府の布いたレールの上の戻れなくなる。ただ音楽大学など、何かの技を週得し、そこに席をおける者は、ある種物すごく特殊な者としてあ使われ、音代を出たからといって演奏を続けられるわけではなく、良くて音楽の先生、楽器店の店員、まあ歌舞伎町で少年ヤクザになるよりはましかもしれない。かもしれないとはその少年ヤクザの方が金を持っっている。この国は見事に文化芸術に無関心である。嫌いより無関心の方残酷で、しかも救いようがなく、普通に良く基地外の書いた教科書を本を読んで勉強できた基地外がこの国を形成しているのだから、極当たり前だろう。我我音楽、美術をする者には、島国の宿痾、反吐を吐いた後の後始末の不条理しか残っていない。今回の都知事選を見ればわかるだろう。コイケのババアは夜の街。ライブハウスを槍玉にあげたが、その夜の街ではクラシックも演奏されていた。中には何の作戦かクラシック音楽オケに関わる、委員見たいのがジミンにいて、クラシックも夜の音楽家使いとされた様だ。少なくとも我々の側よりアドヴァンテージをつけるはずだ。こちらには向かない。クラシック音楽の方がなんかと優遇され、うまくいけば生き残るかもしれない。そのためにつけてきたインチキもへったくれもない権威主義と威厳であろう、。それがほんものかどうかは話の外だ。ライブハウスは客間2メーター、声援もおしゃばりもなし。これはクラシックが踏襲してきた大人しく聴くことにヴァンテージを取られるが、曲の最後は軽い拍手で済ませるのだろう。これらの決まり、行政の頭の固さ、ものの知らなさ、基本的に、音楽は好きな人が好きに弾いて、それでおしまいでいいと政府東京都は考えている。この誤解を解かなければ、当分夜の街はこのまま衰退する。皆さんん、夜の街で遊んでいるのは、ホストではなく、埼玉から満員電車に乗ってやってくるおっさんたちですよ。多分ね。   >>>

7月11日の演奏

7月11日(土)に、下北沢 Apolloで演奏します。 Rgent Clubという名前のグループで、本来のメンバーは、津上研太AS, 南 博P(当たり前か)江頭良人DS,水谷浩章Bという、もうこれ位上のメンツないでしょうというもので、バンド名の由来は、私がバブル華やかな頃、演奏していた銀座の超高級ナイトクラブの名前です。もう時効かなと思いましてつけました。別段そこで悪いことをしていたわけではなく、ピアノを弾いていたのですが、本名はちょっと出しにくかったのです。しかし、今回はモザイク無しにバーンと、と思っていたら、ベースの水谷がコロナの影響で来られなくなってしまいました。彼は今長野県に住んでいます。ということで、上記3人でtrioで演奏することのなったのですが、こういう事って、営業妨害ですよね。誰かに文句言いたいのですが、TRIOでもすごい演奏すればいいんだろ、という事ですから、します。 まあこの面構えですから、コロナも焦るでしょう。まず銀行のカウンターの向こうには居ないですよね。私は蛍光灯の灯りが生来ダメで、あれはものすごく早いon offを繰り返している灯りだそうですが、私は人より目の構造が違うのか、蛍光灯の下に長く居ると、目がチカチカしてきて字もあまり読めなくなるので、銀行員、駅員、官僚、会社員、その他蛍光灯の下で働いている方には申し訳ないのですが、元々夜行性の何かの生き物なので、蛍光灯の下に私はおりません。そして、灯りが蛍光灯でなければ、その場所には陰影が生まれ、谷崎の陰影礼賛ではありませんが、まあ、人の世は陰影でできてるんですから、蛍光灯などやめた方がいいのです。加えて蛍光灯の下の食事も不味く見えるので、皆さん気を付けましょう。全然バンドの宣伝になっていませんね。ベースレスでもこれだけのメンツが揃えば何かが起きます。apolloは下北沢にある小さなジャズバーで、近くで演奏が聞けるという特典がります。勿論、お見えの方も、手洗い、消毒など気を遣ってくれています。コイケのババアがライブハウスと連呼するので悪いイメージが付着し、夜の街という非常に抽象的な表現で我々の生息場所が、彼ら行政によって犯されています。給付金なんてせこいこと言ってないで、夜の街にはどういう人たちが蠢き、何が起きているか、彼らは知らないのですから、私が案内して差し上げたいくらいです。(本当はウソ。コイケなんてツラもみたくねえ。兵庫に帰んな!) 大体私は高校が明大前で、そうしたら自然に下北沢で遊ぶでしょう。私は16歳くらいから下北沢で遊んでるんですよ。その私の意見も聞かずライブハウスだ夜の街だ、言われて、正直非常に腹を立てております。あんなところに遊びに行っちゃいけないよという大人が、あんなところで数多く遊び、そこでひどい目にあったり色々な目に合うから、いっちゃいけないよなどと言うのです。知らなかったら、そこどこだ?でしょう。私は高校生の頃から下北沢の夜に出入りしていますが、まあ一応脳味噌をぬかして五体満足なので、危険な事はありません。そして図らずもTRIOで番外編の演奏ができるのです。そしてそれを聞けるというのもこの時期だからこそでしょう。 アーティストとしての格は違うかもしれませんが、エゴン・シーレもグスタフ・クリムともスペイン風邪で死んでるんです。いわんや今回何の病気にもかからず、コロナのワクチンが開発されても、我々はいずれ死ぬんです。じゃあどうしようか、は人それぞれで良いですが、私は演奏しに下北沢に行きます。現地でお会いしましょう。時間は19:30 open, 20:00 開演、このメンバーで投げゼニですよ。ここら辺のお得感をよく考えてください。あ、ピアノ教室のこと書くの忘れた。   行き方 *まずは東口/中央口の『本多劇場/ヴィレッジ・ヴァンガード』を目指してください。本多劇場&ヴィレッジ・ヴァンガードから歩いて30秒です! 【下北沢駅東口/中央口からの道順】 下北沢東口/中央口を出て、そのまま目の前の道を真っ直ぐ行くと(約100m)、正面に大型スーパー 『オオゼキ』があります。(旧踏切の横。本多劇場&ヴィレッジ・ヴァンガードの斜め向かい) そのスーパーマーケットの前で立ち止まってください。 そのスーパーの “向かって右側の出入り口” のすぐ右横に、 “細い細い裏道” があります。 *この裏道に入ってください! スーパーとauショップの間です。ここを曲がらずに直進してしまわないよう! この裏道を進んで20秒、“行き止まりの建物” の手前を右に曲がると、右手に焼肉屋さん『肉人(にくんちゅう)』があります。その焼肉屋さんの隣、地下1階がAPOLLOです。(1階は洋風居酒屋) 駅から徒歩3分。 〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-9-22 EIKO下北沢ビル地下1階 《mail》miuracoutaro@gmail.com 《APOLLO facebook》https://www.facebook.com/XiaBeiZeBarApolloaporoShimokitazawaApollo?ref=hl [APOLLO Shimokitazawa Tokyo] B1 Eiko bldg 2-9-22 Kitazawa Setagaya-ku Tokyo Come out of Shimokitazawa Station (Odakyu line) SOUTH exit (Minami-guchi) and go LEFT… >>>

今日も一日が始まる

朝6時半起床。早起きなのではなく暑いから目が覚めてしまう。よくこんな環境でピアノなどというヨーロッパ由来の楽器を弾いているなと、自分でも感心してしまう。ピアノを教えたり練習する防音室にはエア・ジョンディショナーがあるので、ある程度の湿度は抑えられるが、乾いた感じの音ってどんなだっけというのが今の朝の正直な気持ちだ。乾いた軽快な音って大切なのです。皆さんもクラシックをお聞きになる事があると思いますが、ロマン派の後期までは特に、例えばシューマンの「子供の情景」は軽快には弾けない。またはベートーべんのソナタをナット・キング・コールみたいには弾けない。軽音楽という言葉は誰が考えたのかは知らないけれど、これ程的をついた言い方はなく、クラシック以外、軽快に音が乾いていなければ、まずそれがジャズでろうがポップスであろうが形をなさない。ここで今の日本の気候が話題の中心になってくるわけで、つまり軽音楽を演奏するにはずいぶん難儀な天候であるという事だ。本当に乾いた音、アメリカや北欧など、実際その地でピアノを弾き会得しないと、乾き切っているあの音は、なかなか教えるのが難しい。だが昨今ピアノを練習する人が電子ピアノを使っている事は決して悪い事ばかりではない。あれはあれで妙なアコウスティック・ピアノより乾いた音がするので、あとは「軽快に」弾くという感覚を身につければ、初心者、中級者関係なくかなりのパーセンテージで演奏する事自体が楽しくなってくる。勿論、軽音楽にも重々しく、わざとお音を引きずるように弾いた方が効果がある場合もある。しかしそれは軽快との対比ができるから楽しいのである。軽快という言葉に語弊があるとすれば、例えば羽のように軽く、鍵盤を意識して押し込んでいないのに太い音が出ていて、しかもリズミカルである事。我々のやっている音楽は要するにドラムとの共演が多く、クラシックはソロで弾く場合が多い。ここで難しく考えずに想像するに、誰も重々しいドラムなど聴きたくはない。ビートは重くとも、どこかに必ず軽快さがないと、我々は何もできない。まずそこが基礎であるので、軽快に弾くための乾いた音が要求される。最近若手で非常に乾いたサウンドを出している者がいたが、あれは逸材だろう。乾いて軽快なサウンドは中々教えづらいが、私がベースラインを弾き、生徒であるあなたがその上で何か弾いてみてば、多分多少音が湿っていてもその違いはわかるはずだ。 軽いという言葉には、軽薄、軽微、軽々などのあまり良からぬ場合に使う言葉が多く、誤解を招いている節があると思うが、元々この国には軽いもので良いものは少なかったのだろう。軽薄、軽はずみ、軽視、軽挙妄動、もう散々である。本当に良い軽やかさは、本当に良い上品さとグルーヴに通じ、周りの物事までうまく運ばせてしまう力を持っている。それを知っていたから、軽音楽も発達したのではないだろうか。 さあ、しょうがないから体の水分を少し抜いた気分になって今日も一日過ごすしかない。         >>>

全くブログは難しい

難しいとは書く事ですよ。このようにして毎回書く事自体が難しい。盗み見ネタはもう使ったし、自分の事を書いてはいけないと言われるし、生徒のことを考えなさいと言われるし。しかし、道の生徒の本当の悩みや困っていること、練習方法などどう書けば良いのだろう。あったこともないのに書けるはずがないではないか。 ここに言える事は私の過程である。今までどんなことに悩み、どんなことに困り、どういう練習をし、どのような教本を使ったかという事を如実に書き表せば良いのではないだろうか。しかしそれに対する答えは以前書いたように拙書「白鍵と黒鍵お間に」「鍵盤上のUSA」「マイフーリッシュハート」を読んでもらうしかない。だがここで言える事は、その課題なりできない事があったらゆっくりと何回も繰り返すしかないのである。天才は見ればすぐに真似ができる。それができない人は出来るまで繰り返すしかないのだが、繰り返すにも方法がある。自分の体を色んなフォームに変えて弾いてみる事だ。きっと自分に合った方が見つかると思うのだが。それでもやはりDELF TAUGHTで何でもできてしまう人以外、第三者の目、つまり自分の身ではわからない客観的な把握の仕方に関する違う感性が必要だと思うのだが。武道でも強い者は強いものと対戦して強くなってゆくのと同じ仕組みである。 どのような教本を使ったかと言えば、アメリカに行く前の昭和の時代には今の右往な豊富な資料もコンピューターもなかったので、只々トランスクライブをしていた。例えその音がなぜそこで使えるのか分からなくとも、実際自分よろしくお願いします。すごい人が使っているのだから何の不都合があるのかと思った。その疑問はアメリカの音楽学校で大方はっきりと答えとして戻ってくるという結果となった。とにかく頭の中で理解しているだけではダメで、第三者の前で弾き、そこでその人の経験から来る一言があるのと無いのでは、やはり大きく違ってくると思う。その後多くの教則本に目を通したが、これは良いと思うのはたった二冊のみで、それもジャズの教則本ではなかった。クラシックの為に書かれたあらゆるスケールが書いてある本があり、とても参考になったが、あれは一生かかっても全部を弾けるようにはならない。まず量が多すぎるからだ。どんなことに困ったかというと、そのことを思った年代にもよるが、自分では良いと思っていても、いざ演奏してみると意外に効果的ではない演奏方に関してであったが、この先は禅問答のようになるかもしれないが、その演奏法は、それほどでもないという効果を出す為に、必要だったのではないかということである。全ての演奏法がものすごく目立っていてはそれが普通になってしまい、お客様どころか、自分自身にも飽きが来ていたかもしれない。 出発の時間です。     >>>

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