生徒さんの年齢

私は人に年齢を聞かれるのが嫌なので。習いたい方は。そうですね。毎日風呂に入るような生活な人ならどなたでも結構です、二十年近く教えていますので、先ずはどのような方でも、足りなところ、教えれば上達するところ。大体拭いて貰えばわかります。どなたでも鍵盤を見れば発見があるものです。これはマンツーマンでないと教えにくいところですが、必ず何かの発見、例えばわたしが説明しますが、ラピアノの形状。アマを出すしくみ。ピアノは指先のみで弾くものではありません。肩全体、腰の位置によって弾くものです。ですから、、自らの体で、、以外と気づかなかった動きを必要とします。音が間違ったから怒られると思う習慣はもう既に古いものです。これだけ電気ピアノ、キーボードが安価で手に入るのですから、鍵盤の仕組みを習うと、なるほどという事がわかって来ます。ピアノは、西洋の合理主義の固まるのようなところもありますが。数数学ではないところもあります。答えがないと言えばない。ハロビッツを嫌いな人はいますが、ら1➕1=2が嫌いだからと言って3にこだわる人はいません。やはり文字で説明するのは多さ難しいので、体験レッスンを受けてみてください。今迄とは全く違った音楽の捉え方ができるようになります。 >>>

音楽とは

大冗談にタイタトルを構えてしまったのは、これから書く内容が全て当てはまるべくの苦肉の作である。音楽ぬよって伝えたい事、私にとってこれはベートーベンなら大工の歌詞から変わらない。すべて人類が共である出来だし、こちから社会を動かしたいたい理念がある。いい年こいて何を、と思われるかもしれないが、音楽はそれを実現する最大の武器だ。ジャズも然り。わたしの師匠は、ジャズと白人と黒人が仲良くする音楽だよという、名言を残された。私は音楽でそれを伝えて行きたい。実際歴史的にジャズは白人と黒人の仲を取り持った部分からあると言えよう。音楽はジャンル、方法はどうあれ、音がきれいでなければやらない。こうでなければ我々の出場所はない。皆で良い音楽を作りましょう。私のやりたい事は沢山あって。それが皆音のきれいな何かしらの行動である。細かいプロジェクトを書き並べるのは後にして。私は新たなる世界、それはジャズのみならずの方向に向かうかもしれない。皆さんも初心者である事関わりなく、音楽ニホン触れるなら、美しい音を出しましょう。方法は私が少しずつ教えます。 今回はタイトルが幅広かったので、ある意味抽象的にらなりましたか。また次回から実践的なことを書きたく思います。 >>>

自分が学んできた事

そんな事一言で説明できません。カャバレー時代の駆け出しから、銀座ノ、ナイトクラブでの経験。その後幸運にも留学したアメリカの音楽学での体験。ボストンでのローカルミュージシャンとしての体感と体験。ニホンに帰ってきた時の逆カルチャーショック。ツアー。新宿ビットインに出演していた経験、「(これはまだ続いています)六本木、青山、西麻布、などのない時ラブでと演奏。数々ならコーチディング、それにまつわるビジネスの話、3,11後の音楽界の動揺、なんとか柱は抜けた2010年から今まで。どこから何を書いて話せばいいんですか。ここには深い川と山と谷と女と酒とタバコとダチとその裏切りと、毎晩歩いて帰った青山あたりの仕事の出来事。一片に書ける筈ないてしょうが。生徒を増やすブログの書き方に従っていると、本当に疲れるわ、勘弁して。 >>>

教則本の選び方

今は本当に幸せな時代で、様々な教則本、また、重要な訳されたTheotlryの本などが、ヤマハまで行かなくても、Amazonなどで手に入るようになった。良いことではあると思うが、手に取らずに買うたということは、その本のクセのようなものを知らずに買ってしまうという珍しい時代となった。私たちの頃は、内容にすこし違うと思う面があれば買わなかったものだ。またありがたみ効果というものもあり、何ヶ月も輸入版として手に入れたアメリカの本は辞書を片手に必死に読んだものだが、今となっては手付かずのものも数多く持っている。まったくの初心者が手にするような本は、まず譜面の読み方、記譜法から習った方が良いと思うが、これを独学でモノにするのは大変で、ソルフェージュ、聴音の基礎を誰かに学んだ方がいいでしょう。私もそういう生徒を受け付けますが、同時にすぐジャズを習えると思われると困ることがあります。つまりアルファベットを教えているのと同時に詩作をしたいというのと同じくらい無理があります。先ずは焦らず基礎から勉強してみてはどうでしょうか。音楽を学ぶことは西洋史を学ぶことに等しいので、歴史の好きな方には特に向いているのではないるでしょう。 本の選び方ですが、私はギタリストではないので、タブ譜を使っているものの良し悪しをここで論じることはできませんが、ピアノには向いていません。外国語を学ぶ事は暗記が半割ですが、それでもある法則を身につけると、急に表現の自由さが広がります。それには、両者の違いと似た点をゆっくりと説明する時間が必要です。タブ譜も使い方によっては便利ですが、やはりギターの教則本です。ギターはどう頑張ってもハーモニクスを抜かせば、コードの音は四つしかありません。 また翻訳本にとんでもない誤訳が含まれる本があった時期ありましたが、最近は音楽学校を出た人が訳してあるものが多く、安心して良いと思います。本当は生徒と一緒にヤマハにでも行き、本当にその人に合った本を探すことができる良い機会なのですが。教則本に関してはまた書きたいと思います。 >>>

シミラリティー

今まで生徒募集の為にブログを書いてきましたが、ここではは必竟クラシックお音楽との対立を描かざるを得ず、それは私の望むところではないのです。全ては無知と偏見、歪んだ教育によって同じ音楽が対立しなければやらなくなったのです。良い音楽は皆一緒と言ったのはデューク・エリントンですがその頭皮だと思います。ラヴェルのハーモニーから、ジャズの借用は頻繁に行われており。ラヴェルが得意な人ははジャズピアノを習得するのが早いと思います。ここでお互い手を取って同じ教育体制の中で、知識を分け合い、お互いの影響を知り、それぞれの分野に生かして行けばいいのです。 これは私の考えですが、コンクールでもないのに、例えばショパンのエチュードの音を間違って引いてしまったからと言って、ズタボロになる必要はないのです。ショパンも、今ある譜面通り弾いていたかなんて誰にもわかりません。録音物が無いからです。彼はサロン、今で言う貴族の為のクラブのピアニストで生計を立てていました。今のロックミュージシャンとどこが変わらないのでしょう。話しがそれましたが、暗譜する上で、もう少し曲の成り立ちをアナライズしていれば、急に演奏が止まってしまうと言うことは起きにくくなります。今弾いている場所がどこだかわかっていれば、演奏を止めること無句。次につなげることも可能てます。絶対譜面通りに、と言う先生もいらっさャるかと思いますが、止まるよりはマシでは無いですか。 演奏家も基礎的作曲の知識を得るべきです。それにはジャズピアノが一番適した方法です。なぜなら19世期後半から両者の音楽はより混ざってきているからです。I phone で書くのなもう疲れましたが、このトピックスはまた扱って行きたいな思います。 少しは生徒募集のきっかけになったかな。 >>>

ピアノを習うこと2

ピアノを習うことに於いて、クラシックピアノの教え方に少し厳しい意見を述べたが、私には歯の権限がある。私もなんの因果かコドモノ子供の頃からクラシックを習っていた。先生が良い人であった事が幸いし、音楽高校のピアノ科に進むまでになったが、読んだジャズ史にかかわらすし後から付け学んだ音楽史は、ジェノサイドと人種差別、そのカスリをぶんどっていた西洋の成り立ちそのもので、ヨーロッパがあれだけ発展したのも、アフリカや南太平洋の島々のおかげであることを先ず頭に入れてから、モーツァルトだのなんだのを弾くべきだ。モーツァルトでも個人は天才だが、当時のヨーロッパを仕切っていた王族、貴族がなぜあの様な贅沢三昧をできたのか、そこのところから、子供に分かろあるように程度噛み砕いた西洋史を教えてから、夕食人種の我々がヨーロッパの音楽を、世界最高の音が気であるように教育すべきは、歴史の歪曲であり。すぐさまやめるべきだ。確かにヨーロッパの楽器、その楽曲にはとんでも無く優れたものが多いのは確かだが、その無さ豊かさを根本的に支えたのはアフリカ奴隷であり、我々有色人種であることを認めなければならない。そして認めた上で素晴らしい芸術を産んだヨーロッパ人に拍手を送り、その過程を、これからクラシックを習う青少年にも伝えて行くべきだろう。キラシック教育はたとえ街のピアノ教室でもそのように始まるべきである。 ジャズたて同じで、詳しいことは端折るとして、光栄に満ちた道を歩んできた訳ではない。しかしジャズ教育の良さは初心者から理論的知識が必要だということで、やっと音楽の歴史を少し高みへと向かうことが出来たというべきだろう。そしてクラシックを弾く人にも間違いの音や暗譜へのプレッシャーのみならず、その楽曲のアナライズ、どういう歴史的背景に作曲されたのか教育すべきで、ただ子供が集まって、空っぽの頭で指だけ動かしているような演奏はそろそろ辞めにすべきだ。 嗚呼、また生徒大募集とは似つかない文章をかいてしまった。次こそ乞うご期待。 >>>

ピアノを習うこと

ピアノを習うことは、後学年になっても有益だと思います。しかもそれがジャズピアノになると、クラシックの様にここはフォルテだあ、ピアノだい、と、あまりうるさい事はいいません。先生も急に激昂して、譜面に赤鉛筆でギラギラ変なマークをつけたりしませんし、お望みなら発表会をしても良いですが、先生は訳の分からないド派手な衣装を着て、生徒に無理やり花束を贈らせたり、妙な集合写真も映しません。 途中で暗譜を忘れた子供に引きつった顔で譜面を持って行く様なこともしません。止まったらそこでお辞儀をして舞台を離れればいいんです。もしその場にシューマンが聴いていても怒り狂う事はないでしょう。いつからピアノ教室は保育所の様になったのでしょうか。 私も何度か子供を教えたことがありますが母親の子供を見る目つきたるや異常です。少し音を外すと自分が失敗した様な表情になり、こちらでさえ、あとで子供を叱りつけるのがわかるくらいですが、それらの曲を作曲した人達の目的は、子供に神経症的恐れや毛嫌いを教えるために曲を作ったのでしょうか。不肖私はジャズの歴史と共にピアノを教えています。その方が生徒さんも楽しいからです。クラシックもその歴史や、曲のアナリーゼ、サブ・ドミナント、ドミナント、トニックがどう言う機能を持っているか教えるべきです。その方が確実に音楽そのものに興味が湧きます。18世期当たりの曲を極東で無理やり弾かされ、音楽が嫌いになったり、子供が神経症みたいになったりするのは何のためでしょうか。不思議ですね。本当にクラシックを教えるのならば、グレゴリオ聖歌から、その功罪、成り立ちから教えて当たり前でしょう。そしてクラシックという音楽が、どう自らの演奏する音楽のみに権威付けをしてきたか、そこを踏まえた上で、畳の上でモーツァルトでも何でも弾けば良い。自らの歴史をしったのちならば。 ああ、また生徒がにげだすようなことをかいてしまったか。誰か対等にジャンルを変えて音楽の話しをできるひとはいないのかなあ。   、     >>>

ブログは続くどこまでも

前回の話題は少し調べ物をしないとおいそれと文章にて発表できない事に突き当たり、今回は別のことを書きます。まあこんなに暑く湿気の酷い中でピアノをやろうなんてえお方は、本当にピアノ音楽が好きか、ただ単なる変人かのどちらかで、私はその内の変人に入るようです。勿論ピアノも好きですが、一度ヨーロッパに行ったことのある方ならわかるあの冬場さえも空気に含まれる湿気感のなさ。そういう観点からも楽器を選んではと思うのは私だけでしょうか。湿気がないつまり音が歯切れ良く一音一音立って聞こえますので、日本でいくらタッチを気にしてもある程度で、特にヤマハではなく、Stainway, 綴りを忘れたからカタカナで書きますが、ベーゼンドルファーの乾いた音でロマン派を弾くと、より一層その、ロマンが引き立つのです。ニホンのように、何かバタバタベタベタした終端場を描く事ではありません。試しにリヒテルのシューマンなど色々と聴いてみると、こちらがあっけにとられるくらいすんなりと、妙に音に魂込め私のこの失恋の痛手を聴いている人にも感じようなんて微塵もなく、それは譜面に書いてあるダイナミクスにも言えることで、ジャズのバラードを弾く時に、泣きそうになりながら弾いている人がおりますが、Anita O’fayやDiris Dayなどさらっと特にバラードを歌うその歌詞の中に、すくなからずの終端場をを音楽で描いており、ですが、彼ら西洋人も終端場を演じますが、それは音楽で表現することでない。または控えめに、ということですが、我が島国に来るや否や、泣き、叫び、メロディにコブシまで回しちゃったりして、自分が如何に悲しいかを表現するのが音楽だと思っている、訳の分からない化粧の濃い人達は、本当にどっか一人で嘆き悲しんで欲しい。これはクラシック、ジャズ、関係ありませんよ。 国柄と文化の違う音楽^_^しているのですから、こちらもそのきにならないと、妙なことになる。 あ、また上手く生徒募集をする文章を書くの忘れた。 まあ子供集めて、将来の教養、「ウチの娘はピアノも習ってたんざますの」流石に今時こんなバカなことを言う親もいないとおもいますか、良い先生に習わないと子供は音楽が嫌いになりますよ。私にはこんな腐った国でガキを作るつもりなんか最初からサラサラあるませんでしたから、子供に何の楽器を習わせよう、、と悩むよりも、早いとこメシ食えるようになっておっとさんとおっかさんにうまいもんでもくわせろ、というのが本音ですが、もし金銭的余裕があればコト三味線、日本舞踊を習わせます。その方がよっぽど自然で理にかなってる。アチャーまた生徒王勢募集するのと正反対のことを書いてしまいましたが、真面目な話、ジャズはクラシックと同じEducated musicにもうなってますから、クラシックをやろうがジャズをやろうが右脳左脳の発達ということを考えに入れれば、ジャズピアノ習った方がお得ですよってもう遅いか。       >>>

夜間飛行

どうして午前2時46分に完全にが覚め、ジャズピアニストだったにすとだったら、その常時浮かぶ斬新なアイデアを鍵盤で鳴らして、次々の仕事につなげる。しかしそれは映画の中の話で、私の朦朧頻度は、リュック店ベッソンのうけをこえる。実は今愛憎悲喜交交のMac Book sir をhospitalize していて、このブログはI Phonr 高いいる。しもちいさいさいし、にほんごは、平仮名、カタカナ含めて文字を小さくしてつかう。おっとっと、しゃっくり、ずっとetc、まあなんたるか妙なげんごであろうか。 ここ方らを用いて西洋音楽を教えるのである。最初からバカ一点じゃないて終わりのはずなのに、明治時代の歴史的動きでニホン人も形ながら西洋音楽をとりいれざるをえなくなった、こんなことを書くと、また生徒募集中から外れるが、クラシックは仏西独露、加えてロシア語で教えるべきで、元々。彼らの言葉の中から生まれ育ってきたのである。 日本語の特殊性をあげつらげればゴマンとあるがまずこの拗音と呼ばれる文が人類学的には大発見。クラシックを習うには邪魔でしかない言葉を良く意識してから楽器を習うなり、外国語を習得したほうがいい。ここには日本語自慢の、このくらいだったら多分常識の範疇だからしても良いという法律、同じ日本人がしてるからあれを真似て、社会常識、これもどのような社会にもよるが、日本人のおぎゃ!と生まれてからの習慣、あままではの話だが、同じ日本人同士のん人同士、法律は破らずまともここまではまあおあめに見るだろうという独時な考え方もこのカタカナ、平仮名小型版日本語に通ずるところがあると思うからだ。 例えば、じっとしていて、という言葉の小さなっは、一体何秒間無音で伸ばさなければならないのだろう。西洋人ならそう考える。9,5秒か?それとも日本語教師の真似をしていれば良いのか。コノ、ヨウゴに対して日本人はあまりにも無頓着である。 Jotttoooooooooiioooooooooしていてと発音しても間違いでは無い。聞きにくいだけただ。日本語下手なんだと思われるだけで、ここはこのように発音しないという決まりを詳しく説明した言語書はあるのだろうか。では発音しないヨウゴはどうなるのか、いってらっしゃい、またどっかでひっかけてフラッフラッになってかえってくるんでしょ? 例は下世話だがこの発音しない平仮名、カタカナらは、発音される場合、どこに所属しているのだろうか。英語でも、knife, criggeなどと発音しないアルファベットはあるが、日本語のこの無音「発音」は、言語という文法や決まりの中で出来上がる種類のものの中で、日本語のこの無音を約何秒と定義した元はあまり無いし、極端な例を除けば意味は通ずる。ittteeraaaaasshhhhhhhai.MadokkkkkkkkkkadehikkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkaketefurrrrrrrrrrrrrrrrraffffffffffuuuuuuuuuuuuuurrrrrrrrrAasNnnnnnnnnnnnnattttttttttttttttttttttekkkkkkkjjjkaetttttttttttttttttekurundeshooooiooooooooooooooと文法上教えても、間違いでは無い。 ではここで急に音楽教育のはなしになるが、そういうどこか曖昧さを含んだ言語だからこそ。詩、、俳句、アフォリズム。私小説を著すのは世界的に得意でも、全て文法で決められた言語で何か小説を書くとなると、日本人にとってこれは難儀だ、そこにオノマトペまで加われば。わたしならおてあげだ。 前振りが長くなって恐縮だが。日本人が艱難辛苦の末ドイツ語を覚ええ、ばいおりんをならいはしめたとするさ。しかしそこにはある一定の多言語間の行き違い以上の不理解が存在すると思う。音楽わたらう場合そこはもっと長く、例えばティーアと弾くのだというドイツ人のバイオリンの先生のアドバイスも、日本人のみその長さが逆に飲み込めなくて難儀をする場合が多いとそう想像する。例えば納豆を Nattttonnnaaaatttooooooと発音し、その片鱗がニホン語に取り憑いているかも刺されないからだ。英語で簡単に「オマエばかだ」という場あい「You fool」で終わりだが、日本コマの場合、「おまえばーーーーーーーか」といったりする。 この先は次回書く。 >>>

iPhoneブログ

Mac bokair がオシャカになり,IPhone でフログを書いています。まあなんと字の小さいこど、他また小さな字になると、かっとかゃとか、小さいニホン語混じって出来上がっているニホン語特有の持つ持希少性の説明には、学校を出てずいぶん経つので忘れてしまいました。 このように、ニホン語学習者は戸惑う事真違い無しです。あったとか、位どのくらいの間、小さいっを伸ばさなければやらないか、私なら天邪鬼なので、最初にニホン語を習う人が、「少し待ってもらってもよろしいですか」という言葉を学ぶとき、きっと小さいっは 一瞬でいいと思うでしょう。しかし私がニホンジンの学ぶとしたら、「SumoshimattttttttttttttttemorattttttttttttttttttttttttttttttttMOyoyoshiidrshikaとちゃかしますね。何秒まてばいいいの。ここもニホンジは相手の思いと、常識とらわれ、特に決まりはない。「すこしまてもらえますか」と言うと、日本語初心者で、うまく発音できなあんだとなりますが、「sukosiklma一時間temoraemasukaを1時間かけてしゃべっても、別に日本語としては問題は無い。ただ長すぎるだけと、意味がよくわからなくなってしまうと言う難点があるのみである。こんな変な言葉、世界にあるんですかね。 そしてわれわれは自然に、ピアノを英語で教えます。もっと間を開けて、もっと間を開けて、つっかけないで、もっとカリッとした音で、ここにはオノマトペが入りますが、こういう言語で楽器を習った人たちは、西洋音楽にあるフレーズのアーティキュレーション.休符と言うものに対する考え方が違ってくるのではないでしょうか。まぁ夜中に家があることでもないので、そろそろやめます。ピアノ習いたい方,なるべく英語やそれに関する言葉を使って勉強しましょうね。その方が変な癖がつかないでねと願うしかありません。iPhoneブログ ,                 >>>

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