天麩羅蕎麦とタンメン

某月某日
ここまで一人暮らしが長くなると、不器用な僕でも、掃除、洗濯、炊事、おかたづけ、その他、それなりに自分独自の方法でこれらの雑事をこなす段取りが自然に形作られるものです。しかも、どこの店のトイレットペーパーが一番安いかということまで把握しているので、もう既に死語でしょうが、僕は主婦でもあるわけです。
ですが、やはり本業が立て込んでくると、いかんせん主婦業は疎かとなり、枕カヴァーのヨダレが現代アートに見えて久しいという時期もあります。こういう時に一番困るのは、パンツの枚数ではなく、喰いモンです。つまり上品に言えば、お食事。こう考えてきてみると、お食事などというものを食べたのは、何年前だろうかという虚しさがスッと心をよぎりますが、仕方ありません。僕が食べているものはメシであり、お食事なんてもんじゃない。話しが逸れましたが、掃除機を片手に持ってジャガイモは剥けません。喰いモンに埃も入ってしまう。畢竟出前というシステムに頼らざるを得なくなる。ピザ、最近は寿司までもチェーン店ができて、ドアの前までお食事を運んで来てくれますが、値段、味、待ち時間を考慮すると、近くの蕎麦屋と、ちょっと遠くにある中華料理屋の二件の使い勝手がよい。

ここで面白いのが、この二件の出前持ちの出で立ちと振る舞いの違いです。否、電話で注文する時点から両者はなにげに変で、そして既に滑稽なのです。先ず蕎麦屋の方ですが、出前の電話をかける段からどこか可笑しい。蕎麦屋というものは、粋で鯔背でなければならないという、僕の先入観を、根底からぶっ壊してくれるようなおばさんらしき女性が、やる気の無さそ〜な、しかも甚だしく脱力した声で対応するのです。
しかも小声で。

「ハイ、、、、○×庵です、、、、、、天ぷら蕎麦一つ、、、、、、、、ありがとうございました」

おいおい、ツユがあったけえうちに持ってきてくれよな、といつも心配になってしまう声のトーンであります。しかしこの蕎麦屋の出前持ちの方は、小柄な男ながら、スーパーカブの天才的運転技術の持ち主です。近所を歩いているときもよく見かけるのですが、左折右折で減速などしません。車体は九十度に曲がり、人混みをかき分けて突っ走るその小気味よさは、ある種一興です。いつも車体に体を沈めさせて走るその姿は、ただツユが冷めないように、という思いよりも、何かしら彼にとって、大切な何かを追いかけているように見えると言っても過言ではありません。とにかく、彼は僕のマンションのドアのそばで急ブレーキをかけて止まるので、ドアをノックする前に出前が届いたことが分かります。まあ、ドアを開けて待っているようなことはしませんが、彼の運転同様、ノックのリズムもものすごく早い。ココココンコン!ドアを開けると、いつものスタイルでどんぶりを持って立っている。白いヘルメットに白い割烹着。そしてなぜか夏でも長靴。そして、咽をすぼめたような声で、「おーまちどーさまでしタッ!九百円です!」と独特な抑揚でいつものフレーズを早口で言う。千円札を渡すと、腰から吊り下げた大きな財布をジャラっと言わせてつりを出し、疾風のように去って行く。

話し変わって中華料理屋の方は、この蕎麦屋と対照的と言うより、異質な感じの対応をします。
この中華料理屋、まだ行ったことが無いのですが、場所は知っていて、バイクでも結構時間がかかる場所にあるにもかかわらず、ランチタイムを少し外した時間に注文の電話をかけると、早いときには十分ほどでやってくる。そして先ず電話の対応ですが、いつも野太い低い声の中年男が電話を取る。この人に脅されたら怖いだろうなあと思わせる声です。

「ハイ、○×亭です。タンメン一つ、、、、いつもーありがとーございます!」

そこからものの十分で出前が来るのですから、ものすごい勢いで調理しているに違いありません。しかもバイクも、蕎麦屋に負けず劣らず猛スピードで飛ばしてくるのでしょう。さてこの中華料理屋の出前持ちのおじさんが、また一癖ありそうな人物。白い割烹着は汚れ放題で、どんぶりを差し出す手はなぜかいつもテラテラと濡れている。長身で痩躯、顔形も端正ですが、架けている銀色の眼鏡レンズが、いつも油で曇りに曇っている。よくもまあバイクを運転できるなあと思うような汚れ方をしている。この人のバイクのブレーキ音は聞こえないので、ドアがノックされた後、鍵を開けるのですが、ドアを開けた瞬間、いつもぬっとどんぶりをドアと壁の間から突き入れるように差し出すのが彼の流儀です。この人は何も言いません。値段も、おまちどおさま、も言わない。ドアの前に立って右手に持ったどんぶりをにゅっと差し出すのみ。千円札を渡すと、既につりを左手に握りしめている。この小銭もヌルヌルです。とにかく、千円札で支払うことをいつも予測しているのでしょう。こちらがどんぶりとつりを受け取ると、一言「まいど」といって立ち去る。ところが、割烹着は汚いが、ここのタンメンはなかなかの味で、野菜が山盛り入っている。まずその炒めた野菜を半分食べないと、麺にたどり着けないぐらいの量です。特に風邪をひいているときなど、胡椒を大量にぶっかけて、一気にすすり上げると抜群に旨い。蕎麦屋の方は、蕎麦好きの僕にとっては、まあこんなモンかという程度。只メニューがやたらと多く、セットメニューの組み合わせは、まだ全部僕が食べてないくらい沢山ある。まあ、そこが重宝なところですが。あれ、オレ何を書いてたんだっけ。

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