歯科医とピアノ教室

歯医者と目医者に友達になることは、この年齢ではやむおえないことであり、また、特に歯は栄養を摂取するところなので、疎かにできず、目に関しては、緑内障などの手術は部分麻酔と聞いて、これは私だったら拘束衣ものだという思いから、早くから目のメインテナンスは行っている。

特に歯医者のF歯科は、近辺で軒を並べる歯医者としては非常に評判がいい。のみならず、今どういう治療をしているか、どう言う治療方針のための治療か、いつまでには大体治療が終わるかまで懇切丁寧に説明してくれるいい歯科医で、先生の見た目も、時代なら老中か、虫歯改め方として城内で重宝されても良さそうな殿様顔であり、しかも眼光鋭く、接客態度は丁寧である。この歯医者に行き着くまでに、大体二三軒のドクターショッピングをやらかし、抜かなくてもいい歯を無理やり抜く御無体な歯医者に遭遇して色々難儀した。二、三軒歯医者を放浪して分かったことは、歯医者によって得意分野が違うと言うことだ。やたら歯を抜きたがるというところは共通しているのだが、その後ブリッジの入れ歯技巧に長けた人と、どうしてもインプラントをやりたくてしょうがない歯医者、詰め物をすればそれで終わりのところ、全くそれぞれ歯医者によってその治療方針が違う。だからといって最近流行のSNSによる口こみも当てにならない。その口こみを書いた患者と私の歯の症状が同じはずがないからである。

これはピアノ経室にも言えることなのではないだろうか。子供を教えるのがうまい先生や、こう言う風に鍵盤をおさえれば何とかなるという先生もいるであろうし、やたら滅多ら叱り飛ばす先生など様々だろう。

F歯科医院の医師は、なるべく歯を残し、治療の行程を患者に逐一希望的観測抜きで説明し、歯の模型を示しながらこちらの症状を理解させ、これからの治療方針とその合理性を語る稀有な歯医者である。ドクターショッピングもある意味役に立ったといえよう。

私も個人でピアノを教えている関係上、できればF歯科のこの様なところを参考にしたいと思っているからだ。歯痛の様な緊急状態を起こし、うまく弾けなくて体のあっちこっちが痛み、先生、何とかしてください、と、ピアノ経室の入り口で血反吐を吐いて倒れる生徒はまずいないが、私の生徒の中には、弾き語りをやっている人が多く、やはり演奏技術はある意味死活問題だろう。

まあ、音楽そのものを懇切丁寧に語ることの弊害もあろうが、つまり自主性では歯痛は直せないのである。また、自分の得意分野に偏る事なく、生徒さんに合った接名指導のできる知識を蓄え、続いて、後はどういう事をどう理解していったら上達につながるか、短い回言葉で的確に説明でき技量を維持したい。生徒さんのフィンガリングにも適切なアドヴァイスを言及し、こう練習すればば確かにこうなるというそれこさ示唆に富んだ人事が言えれば生徒さんの上達に繋がる。しかし、歯科医療は、歯が完治すれば終わりだが、音楽を教えることは、ある意味キリがない。ここの違いをどう扱って行くかも課題となろう。

しましまあ、前の章で書き記した通り、激し歯痛を急遽止めるという様なことは、ピアノを教える上では必要なく、焦らず、こうかな、ああかな、と、ある意味ゆっくりといい湯加減で教えて行った方が、ある意味場辰は早いのではないだろうか。またやたらに熱心な猛烈先生も、長い目で見れば、長続きしないと思う。人間はくたびれるのである。それは生徒さんも同じ事だ。

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