トーマス・ダブロウスキー(TR)の来日に寄せて

ヨーロッパのジャズの層の厚さはコペンハーゲンに度々訪れる事で知ってはいましたが、近日富みにその様相が良い意味で混沌としてきています。クラウドファウンディングの欄(https://twinmusic.co.jp/ja/detail-project.php?p_no=51チケット購入可)にも書きましたが、ヨーロッパは彼の地で更なる音楽的混血が静かに進んでいます。今回、ポーランド人のトーマス・ダブロウスキーとの邂逅はやはり偶然と言うより、コペンハーゲン界隈を90年代後半から彷徨っていた私には出会うべきして出会う人物だったのでしょう。近年ポーランドにおけるジャズの発展もデンマークとはまた違ったかたちで目を見張るものがあります。今日本で注目を集めているポーリッシュジャズの先鋭達のみならず、知られていない優れた音楽家がヨーロッパを股にかけて、ツアー、作曲活動をしているのを見るに付け、歴史の悲劇を招いた彼の国が地続きで他国と接し、そのことの運命とメリットに着目した彼らの創作する音楽に瞠目せざるを得ません。
トーマスとワルシャワで、千葉広樹氏B,坪井洋氏DSとトーマスとのCDの二枚目を録音した際に感じたこと、それは、ショパンを生んだ国だからという安易な郷愁、懐古主義ではなく、ポーランド人達が自らの国を30年ほど前に共産圏から脱し、独自の発展を遂げている逞しさと、いまだ残る共産圏であったがため、のぬぐいきれない国政の痛々しさ、と同時に,ニホン人の持っていない粘りと逞しさでした。
今回録音した音源はForTune というポーランドのLabel(http://store.for-tune.pl/magenta)から来る6月15日より発売予定です。現地において録音できたことは、少なくとも私に深い感慨と共に、今までに感じたことの無い感慨を新たにこの身のうちに植え付けました。一言で言えば時間が静かに流れているのです。3月上旬だというのに−2°から4°の気温の中、重く垂れ込めた厚い雲、何処か霧深く遠目にかすんで見える共産時代のビル群、フランス語やドイツ語の知識では判読不能なスラヴィックの文字、夕方曇っていたにも関わらず何の奇跡かさっと顔を出す宇宙の遠くまでを映し出すような濃い青空の夕暮れ、それらの気候的条件が私の心情に新しい神経を生み育てたような感覚を呼び覚ましました。また、あの夕暮れの青空を見ずしてショパンのノクターンは弾けないのではないかという気にもなったものです。更にワルシャワの夜は、漆黒の空の元、或る意味理路整然とした街並みを静かに浮かび上がらせているという表現が一番適切ではありますが、またその街並みの中に、得も言われぬ哀しみを突き抜けたようなはかない情緒が静かに鎮座していました。そしてその街並みを見下ろす夜空の漆黒。黒いという色表示ではもはや言い表せない透明なおかつどっしりとしたその美しさは、不思議なことにピアノの黒鍵の何たるかを理論抜きの意味合いで私に示唆するに充分の色合いをしていました。
トーマスのトランペット、彼の曲の動画を一部私のwebsiteで観ることができますが、やはり音楽は実際その場で聴くことが醍醐味です。ジャズの生まれたアメリカ、その中核を成すブルーズは否めようがありませんが、既にジャズのフォーマット自体は国際的に広がっており、ジャズに対して保守的な御仁にアメリカのものこそホンモノと言われても、その増殖は誰にもとめられません。しかもその創作に対するヨーロッパの聴衆の懐の深さは、文化の中に生きる人々の心意気と息吹を感じさせるに充分です。そのことが従来の「ジャズ」には無かった不思議な発展を遂げている原動力にもなっています。その中心となる都市はコペンハーゲン、ベルリン、その他のヨーロッパの主要都市であり、トーマスもポーランド人としてコペンハーゲンのシーンにその居場所を確保し、軽々と国境を跨ぎ演奏活動をしています。
そこに我々ニホン人のピアノ、ベース、ドラムが入り交じり、新譜を製作し、ポーランドから発売となります。正に此こそ21世紀的音楽の在り方と思うのは私だけでしょうか。
ワルシャワのスタジオにあったピアノはPETROFというチェコ製のものでしたが、始めて弾くそのピアノの音色は得も言われぬ落ち着きと、高音部にさしかかっても耳障りな音のしないすばらしい楽器でした。私がクラシックのピアニストであれば、シューマン、ブラームス、スメタナなどを演奏したくなること必須な、さながら非常に教養の高い貴婦人のような楽器でした。
総括してそのような国からやってくるトランペッターの音色、オリジナル曲を聴く機会はそう無いと思います。トーマスは普段,快活な青年ですが、一旦トランペットの演奏を始めると、上記のような私の拙い文章以上のサウンドと倍音が辺りの色を瞬時に詩的空間に変えてしまうミュージシャンでありマジシャンです。皆様どうかこの機会に、東欧、北欧といった括りでは無い、世界に散らばり、かたちを成している過程であるもう一つの側面のジャズを体感して欲しく心から願います。どうかよろしくお願い致します。

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